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奇跡の「温泉力」より

第六章 資料編「村杉温泉風景利用策」

四、鹿林

最近、都市公園に見るような、動物を一定の檻の中に飼育して観せる動物園は時代に遅れた設備で、動物の習性に従って天然に放養して、自由な生活を楽しませる飼育こそ進歩した方法です。動物は風景のひとつとして、躍動感を添えてくれます。このため、当地方に最も適当な鹿を林内に放養して、だんだんと人に馴らせば、林内を散歩する遊覧客に大きな楽しみを与えてくれるでしょう。 この目的のために、当公園の市口橋を渡って県道の下あたりを鹿苑とし、道路から十間、川沿いから十八メートル離れた所の周囲に、高さ二メートル位の木の柵を結んで、下部は編み方を密にして犬の侵入を防ぎます。この中に牡鹿一頭、牝鹿二~三頭の割合で放養すれば、年々二~三頭繁殖しますから、最後には牡鹿一頭牝鹿十頭くらいの割合で放養させましょう。鹿は、赤松林の中に新たに植栽される楓の紅葉とマッチして、風雅な印象を強く与えてくれるはずです。

餌は冬は乾草と芋、またはでんぷん粕、豆腐粕などを少量与えます。また避寒小屋を設け積雪の際はこの中で飼育します。林内には水流を導いて水溜を作り、鹿の飲料と水浴とに使います。一週一回位は少量の食塩を与えてください。鹿林の部に対しては現在の松の外に、ところどころ杉樹を植栽しましょう。鹿は好んで杉の樹蔭に寝るものです。なお、鹿は秋、樹の幹で角を研くものですから、幹を包んで保護する必要があります。

五、魚釣り

魚養殖と釣堀り場所を造って、鯉、鮒など地方に適したものを養殖して、ひとつは実用に、一面では遊覧客の娯楽施設にします。 ここに接続して花卉園と果樹園を造って、四季の草花を栽培し、アヤメなどを栽培します。その一部は果樹園として柿類、梨類、葡萄その他の果樹を作って観覧させると同時に、実際に食用にします。 果樹園はお客様に提供する施設としてはもっとも便利で、新鮮な気持ちで喜ばれるでしょう。

六、実用動物園

実用動物園は、前記の釣堀り池の下に設けます。牛、鶏、山羊、あひるなどを飼育して当地で使用する乳、卵などを供給すると共に、これを観て楽しんでもらいます。

七、天然植物園

須賀神社から一本松に登る途中、山腹の雑木林は当地方でも比較的樹種が多く、観覧に適しています。ここを天然植物園として造成し、一般客の実地教育上の資料として整備します。天然の樹木を保護手入し、適度な距離に配置。林内を清浄に保ち、登山道である歩道の道路網を利用して、散歩しながら知らない間に樹の種類を知り、林相の変遷を知ってもらえるように計らいます。歩道は幅七十センチ~二メートル位とし、樹にはそれぞれ幅約十センチ、長さ約十六センチ位の、白ペンキで塗りつぶした亜鉛版に、黒ペンキでその樹木の普通名、方言、学術名などを記入します。樹木の周囲二十センチ以上のものは樹皮に釘で打付け、小木には鉄線で幹か枝に縛り付けます。なお、老大木や貴重なものには、通常の他に太さ、樹高、推定年齢、著名用途、植栽の由来などを記入すれば、とても興味深いものになります。

名札は歩道から一~一・三メートルほど隔てた樹木につけるほうがよいでしょう。また、この地方に天然で生えている樹木の種類をなるべく多く揃えるために、他から移植する必要があります。

八、水泳場

、水泳場 夏の娯楽の一つとして、最も興味をひくものとして、水泳場をあげなければいけません。本公園の中で、桔梗平の一部、字河原と呼ばれている場所は、安野川の旧流域のようで、くぼ地になっていて、水流を引き入れるのがたいへん簡単で、工事も容易なようです。ここに水泳場を設けます。その大きさはかなり大きいほうがよいのですが、今のところ、遊覧者もあまり多くないでしょうから、だいたい九メートル×二十メートル、つまり五十坪位の大きさにして、深さは一メートルくらいの所と二メートル強の所を作ることで、子供たちの遊泳にも使えるようにします。その構造は石造で、コンクリートを使えばいいのですが、経費等の関係もあるでしょうから、今のところは板囲にして時々水を出して中の掃除ができるよう、作らなければなりません。

九、その他の諸設備

(一)登山道、または公園内各所に腰掛を設けなくてはなりません。腰掛は周囲の状況に応じて場所を検討し、その種類をよく考えて自的にあうものを。人工的に技工に走ったものは、不調和で俗悪になるものです。注意すべきでしょう。
(二)各要所にあずま屋を造ること。これは休息やにわか雨のような時に必要になるものです。
(三)簡易図書館を作ること。お客様を飽きさせず、長く足を停めていただくと共に、一般的な修養の道具とするために、簡単な図書館を作るべきです。書籍などは寄贈等を受けて、だんだん増加させます。
(四)トイレ トイレは運動場付近その他、公園内の二ケ所の他、天然植物園の中、鹿林付近のように必要な場所に設けます。 ただし、トイレの位置は必ず歩道の下の方に設けてください。決して道の上方に置いてはいけません。そして、外から見えないよう、隠れた森の中に設置するか、常緑樹で植えつぶします。そしてトイレの立札を立てて、見つけやすくしてください。
(五)屑かごとして、竹製または木製のゴミ箱のようなものを休息所の付近に置き、ここに紙屑や弁当の折箱などを投入することとします。それを示す張紙をすれば、掃除を簡単にし、場内を清浄にしてくれるはずです。
(六)冷泉を温めるために、現在のように薪を用いては経費がかかり、不便でしょうから、将来は安野川の水を利用して、水力電気を起こし、電力で温めるようにしたらどうでしょう。  温かいお湯を各所に配布する装置を作って収益に結び付けます。
(七)湯殿の四方の壁に水流を導いて、ラジウム水が常にその壁を流れるような装置を設置すべきです。
(八)この公園は、地形上たいへん簡単に清新な水流を引ける状態にあります。 ですから、林内その他各所にこの清流を導いて、爽快な空気を増やしましょう。 本公園の成功は、ただひとつ、この水を活かして充分に用いるかどうかにあります。 水の利用には、もっとも注意を注ぐべきなのです。

十、雑件

イ、案内図および指導標の設置

温泉場の中央あたりの見やすい所に、案内図として大きな看板を作り、ここに地図や山の形状などを書いて詳細な説明をします。お客様が遊覧する便を図るべきです。この案内図によって、だいたいの遊覧計画をきめるわけです。

それから森林公園内の道のわかれ目には、必ず道標を作り、ここに道案内と距離を書いておきます。西洋ではこれらの設備が充分に行き届いているので、初めての旅客でも案内人がいなくても自由に歩けるようになっています。例えばここから二十メートルくらい西の方へ折れて行くと、大きな柏の木がある。「この木の下である王様がイタリア遠征の際に弁当を使った」とか書いてあり、その柏の所に行って見るとまた説明があって、「この柏の木は直径何センチ、枝下何メートル、全体の高さは何メートルあって、時価にするといくらくらいの価値がある。樹齢は何年くらいで、この木が生えた時は、フレデリック大王が小学校何年の時であった」などと書いてある。そういうことがもっともらしく書いてあるから、お客さんがその下に行くと、自然にその土地、その樹木などの由緒因縁を読んで興味を感じ、長い時間を費します。

こうして一日のつもりで行ったのが、二日になり三日になるという具合に客の足を停めることになります。それから道標はとても親切にできていまして、二つの道のわかれ目には必ず道標があります。大きな板に図がかいてあり、「この先の道を行けば何キロで菱ヶ岳の滝に行きます。滝のそばには茶店があって、滝の中には冷たいビールを用意して待っています」などと書いてある。ですから、どこへ行くにも案内なく、一人で行っても決して道に迷うようなことはありません。また、宿屋では客が着いたらすぐその公園の絵葉書をあげましょう。そこには付近の図や道案内が書いてあります。このような絵葉書なり道案内には、一週間滞在なら一週間の予定で遊覧するスケジュール表が出来ていますから、第一日はどうする、第二日はどうかと、すっかり予定案ができ、それによって遊覧することになります。 日本の宿屋などでは帰る時にお茶代を出すと絵葉書をくれます。ここにいるときには役に立ちますが、東京に持ち帰っては何にもならない。つまらない習慣です。これもぜひ改めるべきものと思います。

これについて面白い話があります。私の知っている、ある西洋人が日光へ遊覧に行きました。その人は新婚当時で、夫婦で気楽に遊覧したいつもりで行ったのに、日光の宿屋で毎日番頭さんが案内としてついて歩いたのだそうです。その西洋人が東京へ帰って私に 「日本の宿屋はとてもおかしい。毎日毎日、私たちを監督していて、どこへ行っても必ずついて来る」 と言ってたいへん怒っていました。それはあなた方が道に迷っては大変ですから、大事にして案内をしたのですよ、と申しましたらそうかといって笑いました。 我国ではこの監督がつかなければならない所が多い。おまけに道を間違って、とんだ目に遭うことがあります。そんな事はぜったいにないようにして置かなければなりません。

ロ、名物

名物は土地の人が見る時は、あまり興味を引かれなくても、遊覧客の眼には好奇心をくすぐるものです。名物と、その土地の特色を出したものでなくてはなりません。その名称も土地にちなんだものを選ばなくてはなりません。当地ではラジウムを特色にして発展させなくてはなりませんから、「ラジウムせんべい」「ラジウム団子」のように、既にあるものを改良して、他にも「不老若返り」のようにラジウムの効能を表現した名称をつけるのも面白いかもしれません。名物土産品としては安価で奇抜なもので土地に縁があって原料があるものが適しています。当地でも細工品、つまり簡単な木製品のようなものが面白いですね。まず一人くらい細工職人さんを置いて製作してもらい、不足分はほかの地域から仕入れて販売するのでもかまいません。

なお、今後、焼物なども発展しそうです。魚岩付近の地質は粘土、陶土を含んでいますので、これを利用して素焼などを製造して販売することもできます。とにかくその土地独特の名物を作る必要があります。

ハ、保勝会の設立

村杉保勝会を造り、当地方の有力者はもちろん、各方面の有志を募って村杉地方風景の維持保存にあたる必要があります。これには県、郡などの方々を顧問として各方面の意見を集め、発展を図るべきです。

ニ、住宅地付近を清潔にすること

住宅地、つまり温泉旅館付近は道路、家屋等各方面にわたって清潔にし、爽快な気分を起させるように努めなくてはなりません。村杉には道路に面してトイレが露出している場合があり、これはもっとも慎むべきことです。今後はトイレを隠すようにしなくてはなりません。  スイスでは市街地に美化員を置いて、常に各所を巡見して土地の美化に努めています。時としては警察の力を借りてでもこれを進めているので、いたる場所がたいへん清潔なんです。

十一、村杉公園設計の要旨

名所と呼ばれるものの中にも、さまざまな違いがあるものです。 しかし、一般にそれらはその地ならではの特色があり、質素で田舎風、華々しくもない土地が多くは永続きするものなのです。いたずらに多大な経費を投じ、華美な設備をしたり、映画とか芝居とかさまざまな施設があるところは、一時は繁盛しますが、必ず盛衰があるものです。こうしたところは金の力で真似ができ、どこでも造れるからです。 ですから、その土地の特徴を利用して、お金では真似ができない、自然なものである必要があります。こうしていたるところこの土地を清浄にし、前述の諸設備を整えて、だんだん改良を加えていきましょう。そうすれば、きっとこの地の繁栄は期待できます。

要するに、村杉温泉は山育ちの少女で、将来有望ではありますが、今はまだ教育もなく礼儀もお化粧も知らない、客の前に出しにくい状態にあります。これを、すっきりあか抜けて清潔な衣装を着せ、上品で飾り気ない姿にしようというのです。都会の人のように華美な化粧は避けなくてはなりません。つまり、この公園の特色としては、質実清浄で落ち付いた遊覧場ということなのです。 その詳細な設計は、お話した方針に基いて、県当局で計画していただくことを願っています。

大正十年八月二十八日印刷 大正十年八月三十日発行 新潟県北蒲原郡笹岡村(現在、阿賀野市) 笹岡村役場

※新潟県立図書館に原本撮影などのご協力をいただきました。 ※明治から昭和にかけて日本の林学、造林学の基礎を築き、日本で最初の林学博士として知られる本多静六。慶応二年、埼玉県南埼玉郡河原井村(現・菖蒲町大字河原井)生まれ。明治二十五年に東京農科大学(現・東京大学農学部)の助教授に就任。以来、林学の普及に尽力し、日本で最初の洋風都市公園である日比谷公園をはじめ、明治神宮神苑、大宮公園、羊山公園など、全国各地の公園を設計した。また、生涯で十九回の海外渡航を行い、当時としては稀な博学多識な人としても知られていた。彼の著書には専門の林学書のほか、人生論や一般教養書も多く、その数は三百七十六冊を数える。

出典:開湯700年へ 越後村杉ラジウム温泉 奇跡の「温泉力」より

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