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社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

地質学的見地からみた放射能泉

島津 光夫 (新潟大学名誉教授)

はじめに

火山国日本の温泉の中では放射能泉はマイナーで、主なものは30くらいですが、近年温泉ブームで、西日本の放射能泉は多くなりました。放射能泉の大部分は花崗岩中にありますが地質学的に調べられた所は余りなく三朝、有馬、村杉温泉ぐらいです。主な放射能泉を表に示しました。

放射能泉の地質

三朝温泉には、白亜紀の花崗岩中が分布し、三徳川に平行した東西方向および北東―南西方向の断層が発達しています。温泉水はそれらの断層に沿って上昇してきたと考えられ、源泉は川のほとり、約1.5キロメートルの間に80以上分布しています。主な温泉の泉温は摂氏28―86度(平均54度)のナトリウム―炭酸水素塩・塩化物泉です。熱源は明らかでありませんが、周辺に出ている新第三紀の火山岩の可能性があります。放射能泉は山田、三朝地域の狭い範囲に出ています。池田、湯抱(ゆかがえ)温泉は三瓶山の西側の花崗岩中にあります。柿ノ木温泉は島根県の南西部にあります。有馬温泉にはいわゆる金泉と銀泉と放射能泉があります。金泉は赤色の含鉄―ナトリウム―塩化物泉で、源泉は17ほどあって、泉温96度、pH6.5です。方鉛鉱、閃亜鉛鉱、黄鉄鉱などを含み、水や酸素の同位体の研究などから、火山ガスやマグマ水に近いものと考えられ、有馬型温泉という一つの温泉のタイプとなっています。銀泉は20度前後の透明な炭酸温泉です。放射能泉は泉温29度の透明な温泉です。

有馬温泉地域の地質は、白亜紀の有馬層群の流紋岩とそれを貫く白亜紀の六甲花崗岩です。北北東―南南西方向の有馬衝上断層と北東-南西方向の鼓が岡衝上段層があります。金泉は流紋岩中にあって、有馬衝上断層の南側の巾400メートル、長さ600メートルの間に分布しています。銀泉も流紋岩中にあって、金泉の分布地域の南側で、射場(いば)断層までの間に分布しています。放射能泉は瑞宝寺付近の花崗岩中にありますが、銀泉の分布範囲の中にも出ています。増富温泉の地質は中生層の小仏層群とそれを貫く白亜紀の甲府花崗岩の中にでていて、大部分含硼酸―ナトリウム―塩化物泉で、泉温は43度です。源泉は、本谷川に沿い、ほぼ東西方向に1キロメートルほどの間にでています。強放射能泉は川の北側にでています。村杉温泉は五頭温泉郷の一つで、透明な単純温泉です。地質は五頭花崗岩とよばれる中国地方の白亜紀花崗岩に似た花崗閃緑岩とそれを不整合におおう新第三紀層で、それらを崩壊堆積物の砂礫層が覆っています。五頭花崗岩体の西側には北北東―南南西方向の新発田―小出構造線(断層)が通っています。一号井から三号井までの源泉は、泉温26度で、この断層に関連した北東―南西方面。の300メートル程続いた割れ目にそって上昇してきたものと考えられます。そして一部は砂礫層の中に入り、放射能を含んだ伏水流となって村杉低地帯に拡がっています。出湯温泉は泉温33度の弱放射能泉です。北海道の二股温泉は白亜紀花崗岩中にありますが、それを覆う新第三紀の八雲層の泥岩がありますので、化石海水をとりこみ40度のナトリウム―塩化物泉になっていると考えられます。石灰華があります。

福島県の母畑、猫啼温泉は阿武隈山地の白亜紀花崗岩の割れ目に沿ってでてきたものと思われます。付近は有名なウランやトリウムを含んだ放射性鉱物を伴うペグマタイトの産地ですが、温泉は弱放射能泉です。秋田県の玉川温泉は高度の強酸性泉でpHは1.3で、温度は99度です。温泉沈殿物として放射性物質を表面に微量に含む北投石がありますが、放射能泉ではありません。三朝温泉のある井戸のパイプの中の沈殿物として高い濃度(1億分の3.4グラム)のラジウムが検出されていますが、ほとんどの放射能泉のもとはラドンと思われます。地下深くにある火山岩などに含まれるウランが壊変したラジウムから変わったラドンが水に溶けて割れ目にそって上がって来たものと考えられます。放射能泉のラドンの量は変化しやすく、降水量などにも左右されます。表には過去に存在した源泉の最高値も示しましたが現在は存在しません。増富、三朝、有馬温泉は一般に代表的なラジウム泉と言われていますが、地質学的には放射能泉は上述の温泉を代表するものではなく一部の泉質です。しかし、それらの温泉が優れた温泉であることは変わりがありません。

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さいごに原発事故に関して

福島第一原発事故以来、放射能泉は心配がないのかとの問い合わせがあるとのことです。原発から放出されたセシウム137などの出す放射線もラドン222がだす自然放射線も放射線という点では変わりがありません。問題は放射性元素の種類、半減期と量です。放射能泉をラジウム泉と強調するのが誤解を招く原因です。ラジウム226は半減期が1622年です。日本で最も放射能が高い池田温泉でもラジウムの量は1リットルあたり100億分の5グラムです。日本の放射能泉にはラジウムはほとんど含まれず、含まれているのはラドンです。ラドンは希ガス元素といわれる不活性元素で、水には溶けやすいが、他の元素とは化合しません。そして半減期は3.8日です。したがって体内に入るとそれなりに細胞に影響を与えますが、内臓などに蓄積することはなく短時日の間に排出されますので心配はありません。ただし、ラドンの基準値はわかりませんので、高濃度のラドン水の飲泉を幼児や妊婦は控えた方かよいでしょう。

出典:社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

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