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社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

放射能と温泉

堀内 公子  (慈恵会医科大学アイソトープ実験研究室)

1.はじめに

19世紀の終わりヨーロッパ世界では自然科学の発展は限界にまで達したと考えられていた。そうした状況の中で放射線は発見され、人類は従来の物質観を変えざるを得なくなった。20世紀に入って放射線・放射能(原子力)の分野は大きく発展し、人類の繁栄の一部を担ってきた。放射線の発見はビックニュースとして人々に受け入れられ、科学者たちは自然界のあらゆる所で放射線、放射能の発見を試みた。その結果、1910年頃までに主な天然放射能のほとんどが発見された。

2.天然放射能

天然の放射性核種としては、(1)地球上に昔から存在する長寿命の核種とその放射性系列、(2)現在でも天然の核反応により生成し続けている核種、の二つがある。(1)のうち系列をつくらないものはカリウム(40K)、ルビジウム(87Rb)、サマリウム(147Sm)、など11種が知られている。いずれも10億年以上の半減期である。放射性系列をつくるものは、トリウム(232Th)(トリウム系列)、ウラン(235U)(アクチニウム系列)、ウラン(238U)(ウラン系列)である。これらの系列は、α線とβ線を何回も出して壊変し、最後は安定な鉛の同位体になる。その間に全部で45の放射性核種が知られている。なお、このほかにネプツニウム系列があるが、天然には存在しない。温泉水中の放射性成分ラドン(222Rn)、トロン(220Rn)はそれぞれウラン系列とトリウム系列に属している。(2)では宇宙線と大気成分(酸素、窒素、アルゴン)との核反応により生成したトリチウム(3H)、ベリリウム(10Be)、炭素(14C)、塩素(36Cl)などである。宇宙線そのものは陽子、中性子、中間子などから構成されており、天然放射能の一部と考えることもできる。地球上の天然放射能の分布をみると、大気中には気体状のラドンとトロンおよびそれらの壊変生成物がある。

これらはウランやトリウムを含む岩石や土から拡散してきたものである。岩石、土壌にはウラン、トリウムとその系列の娘核種(放射性核種が壊変して新しく生成された核種)、およびカリウム(40K)が広く分布している。戸外での天然放射能の強さは地質により異なり、東日本より花崗岩の分布が広がっている西日本のほうが、バックグラウンドが高く、放射能泉も多く分布している。カリウムは生体の必須元素であり、食事等で体内に取り込まれ体重60kgの人で4,000Bq位のカリウム(40K)が体内に存在する。温泉に関係が深い二つの崩壊系列を下に示した。

6p下部

鉱泉水等環境試料中のラドンの存在は1903年H.S.アレンによってバーズのキングズスプリングで認められ、同時にラドンによる鉱泉水の治療効果の可能性も示唆された。次いで1904年H.マッヘによってバドガスタインの諸源泉の測定結果が報告されるなど、各地で温・鉱泉水のラドンの調査・研究がはじまった。わが国でも1909年に熱海・伊豆・湯河原等で微量に存在するラドン計測が行われた。これがわが国の自然放射能研究の始まりである。

3.放射線の性質

放射線には味、匂い、実体がなく人間の五感で感知することが出来ない。そのため発見は非常に遅かったが、放射線は地球誕生の昔から地球上には」存在していた。主な放射線であるα線、β線、y線の性質を見るとα線はヘリウムの原子核で、正電荷をもち、紙一枚でも止めることが出来る。空気中では数cmしか飛ばず、β線は電子で、負電荷をもつが、陽電子を放出する場合もある。β線は数mmの厚さのアルミニウム箔で吸収される。y線は電磁波で透過力が強い。原子核の壊変の際には、それぞれ固有のエネルギーをもつ放射線を放出する。1913年、イギリスのソディとポーランド(のちアメリカ)のファヤンスは次のような放射性壊変の変位則を発見した。α壊変(α崩壊)では原子番号が2つ減り質量数が4つ減るが、β壊変(β崩壊)の場合は、陰電子放出か陽電子放出かでそれぞれ原子番号のみ1つ増減する。y壊変(y崩壊)ではそうした変化はない。

4.半減期

放射性核種は、崩壊にともない一定の割合ずつ(指数関数に従って)量が減っていく(図1)。ある放射性核種の量が1/2に減るまでの時間は核種ごとに一定であり、これを物理的半減期という。半減期の長さは、1秒以下から数十億年のものまであり、半減期の10倍の時間がたつと、放射能は約1000分の1になる。放射能の強さは同じでも、放射性物質の量は半減期の長いほど多い。たとえば、半減期が1600年のラジウムの1キュリ―は正確には1.024であるが、半減期が14億年のトリウムキュリーは約8.8tにもなる。体内に取り込まれた放射性物質は代謝のより固有の速度で排泄される(生物学的半減期)ので、実際には①物質的半減期と②生物学的半減期との相乗効果で減少する。(図2)

7p図1 7p図2

5.放射能泉の定義と放射能量の表示単位

温泉の放射能(ラドン濃度)量表示単位には三種類があり使用勝手には歴史的流れがある。

①マッヘ「mache:ME」

ラドン濃度を表す単位で、1904年~1905年頃H.Macheにより定められた。水1L中に含まれるラドンによる飽和電流が10-3 e.s.uであるとき、これを1マッヘとすると定められた。マッヘはドイツの鉱温泉に関する文献に用いられ、わが国でも放射能研究当初より温泉の放射能濃度の表示に用いられた。

②キュリー「Curie:Ci」

1gのラジウムと放射平衡にあるラドンの量を1キュリーという。後にこの定義は、ラジウムの崩壊生成物の各核種についても、1gのラジウムと放射平衡にある量が1キュリーといわれるようになった。1gのラジウムは毎秒3.61×1010個の壊変を行うので、現在のキュリー単位では、0.976キュリーとなる。1キュリーは毎秒3.700×1010個の壊変を示す放射性物質の量を示す。CGS系単位。

③ベクレル「Becquerel:Bq」

放射性物質(核種)が単位時間に崩壊する量を示す物理量で、国際単位系の単位。放射性物質から出てくる放射線の種類や量は核種毎に異なっている。1896年にウランの放射能を発見したベクレルにちなんで名付けられた。1ベクレルは原子核が1秒間に1壊変することを意味する。従来わが国では温・鉱泉の分野では放射能はマッヘ単位が用いられて来たが、1950年代以降学問の広がりにつれて他分野に準じてキュリー単位へと移行した。しかし1977年国際放射線防護委員会(ICRP)による放射能の概念と定義に関する大幅な改定(ICRP Pub.26)に対応し、我が国でも計量法に放射線関係の単位が制定された。放射能濃度の表示単位として国際単位系のベクレル(Bq)を用いることになり現在に至っている。(1ベクレル=27pCi、0.074ME)現在わが国の温泉は環境省自然環境局の所管行政で、国民の保険休養と同時に自然環境の保護も目的としている。温泉は温泉法により管理・監督されており、1978年に改定された鉱泉分析法指針により分析すべき項目と分析方法が定められている。指針によれば、放射能による鉱泉の定義は

①ラドン(Rn)20×10-10Ci以上、

常水との区別、鉱泉と認める濃度(5.5マッヘ単位以上)、ラジウム塩(Raとして)1×10-8mg以上、

②ラドン(Rn)30×10-10Ci以上、

特殊成分を含む療養泉(放射能泉)(8.25マッヘ単位以上)で示される。放射能による鉱泉・療養泉の定義をベクレル表示に換算すると、それぞれ74Bq/ℓ、111Bq/ℓとなる。

6.被爆線量の単位と世界の平均値

我々が受ける放射線の影響は、外部被曝と内部被爆に分けられる。外部被爆は生活環境の放射線、すなわち宇宙放射線や環境に存在する放射性物質から出る放射線で、いわゆる身体の外部から受ける放射線による被爆である。内部被爆は飲食物を摂取したり、空気中にあるものを吸い込んだり、ものを手にして体内に取り込まれた放射性物質による被爆である。被爆に関連した単位を次に示した。

シーベルト(Sievert:Sv)

放射線の人への影響の程度を表す数値。生体被爆の影響の大きさの国際系単位で、放射線の体への影響が分かる。放射線防護の研究で功績のあったスエーデンの物理学者R.M.シーベルトに因んで付けられた。

グレイ(Gray:Gy)

放射線によって1kgの物質に1ジュールの放射エネルギーが吸収されたときの吸収線量を1グレイと定義する。1ジュールは標準大気圧(1気圧)で20℃の水1gを約0.24℃上昇させるエネルギーに相当する。グレイは、1940年に同様の概念の単位を使用したR.H.グレイを記念して1975年に定められた。国際単位系単位。放射性物質の放射能の強さが人体への影響の程度決めるわけではなく、放射線を人が浴びた場合の影響の程度を示す単位としてシーベルトが用いられる。シーベルトとベクレルの関係は、懐中電灯の光とそれを見る人が感じる明るさに例えることが出来る。懐中電灯の光をすぐ傍でみるととても明るく感じられるが、遠くから見るとけして明るくは感じられない。これと同じように強い放射性物質(ベクレル数大)があっても遠ざかれば人への影響は弱くなるのでシーベルトの数値は小さくなる。

また人体への影響の強さを示すのにグレイという単位が使われることがある。グレイはα線やβ線などの放射線それぞれの強さ(吸収されるエネルギー量)を示すのに使われるが、総合的に身体が受ける影響を示すには放射線それぞれの強さの違いを考慮しなければならない。β線、y線は1グレイ=1シーベルトであるがエネルギーの大きいα線は1グレイ=20シーベルトで換算される。2001年、国連の科学委員会(UNSCEAR)において、世界人口の自然放射線による平均被爆線量は2.4mSvで、その1/2のうち、1.2mSvがラドンおよびその崩壊生成物等の吸入による内部被爆であると報告された。(図3)それ以来居住環境、職場環境等の空気中ラドン濃度による被爆線量への関心が益々高まっている。

9p図3

7.放射能泉利用客の被爆線量

温泉に含まれる放射能は主としてラドンであるが、放射能泉を利用した場合実際にはどの位放射線を浴びることになるのだろうか。村杉、増富、湯乃島の三ヶ所の放射能泉地域に一泊二日の滞在をした旅行客の被爆線量と日常生活の中で受けることの多い医療被曝における実行線量との比較例を表1に示した。温泉の被爆線量は便宜上各温泉地域に24時間滞在すると仮定して、客が客室、浴室、食堂等にいるであろう平均的な時間を見積もり、その時間に従って①空気中ラドン吸入、②浴槽から空気中へ拡散して来たラドンの吸入、③ラドン水飲用による経口摂取による被爆等を加味して算出された値である。医療被曝の方の胸部X線撮影は学校や職場での年に1回の集団検診、胃部X線撮影も40歳以上の人が受けることが多い集団検診時の値である。

その結果、追い込み放射能という言葉から敬遠されがちな強放射能泉地域に一日滞在し、温泉水をコップ1杯飲用した場合であっても、通常義務として気軽に受けている胸部X線撮影の1/12~1/7程度に過ぎないことがわかる。ラドンは地球上何処にでも存在するがその濃度は常に変化して居り、測定する時間により、季節により、湯所により、流動的であり、この値を一般化することは出来ない。しかし、湯治などで放射能泉に何日か滞在するとき、どの位放射線を浴びるのか、普段の生活とどの位違うのかを考えたいときこの比較は一つの目安にはなる。

9p表1

出典:社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

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