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社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

放射能泉のからだへの作用と臨床効果

阿岸 祐幸 (健康保養地医学研究所)

放射線は低線量でも有害か?

一般に低線量放射線のからだへの影響については、対極的な2つの仮説がある。一つは「放射線はどんな微量であっても有害である」という「しきい(閾)値なし直線仮説」である。しきい値とはある値以上で効果が現れ、それ以下では効果がない境界の値である。もう一つは低線量の放射能は細胞やからだの機能を活性化する「ホルミシス効果」説である。これは「大量使用すると有害であるが、少量の場合は、逆にからだによい刺激を与えて、生理学的にプラスの効果を与える」という仮説である。詳細は省略するが、低線量の放射能泉の効能や作用メカニズムを解明するのに無視できないものといえよう。

Ⅰ.放射能泉の利用法と生理作用

放射能泉での温泉療法の主なものは、温泉入浴、吸入、飲泉、直接照射(坑道療法や岩盤浴)がある。

1.温泉入浴

温泉中のラドンは親脂質性で皮膚からよく吸収される。温泉浴での皮膚からの吸収は、浴水温が高いほど皮膚の血流量が多いほど多くなる。たとえば浴水温が31℃よりも38℃に入浴すると、5倍も多く吸収されるという。気体のラドンは蒸散し、浴水中に含まれている放射線の約10%は水面上の空気中に拡散する。放射能泉に入浴する時には水面上にあるラドンの吸入も考えて、浴槽の縁を高くするなどの工夫をするとよい。皮膚を通じて体内に吸収されたラドンは、血液に入り全身を回る。1回20分のラドン泉浴(濃度415Bq/L、浴水温が37~39℃)でラドンの血液中濃度が2.8Bq/Lとなったという報告がある。そして出浴後約20分で体内のラドン濃度が最大となり、それから速やかに減少していく。体内のラドンは肺から約60%、皮膚から40%、腎臓から0.1~1%ほどが排出される。出浴後20分でラドンはほぼ完全に体内から排出される。ラドンは汗の中にも排出されるので、ラドンとその崩壊産物が皮膚表面に増加して皮膚への作用が強まる可能性がある。これもからだへの刺激になるので、温泉入浴後は、原則として皮膚表面をシャワーなどで洗い流さないようにする。

ラドン泉は何故からだに効くか

皮膚から吸収されたラドンは、上皮にあるランゲルハンス細胞に作用して免疫反応に関係する。体内では、特に脂肪の多い副腎皮質、脾臓、皮下脂肪、中枢神経系のリポイド、赤血球などに多く集まる。また、脳下垂体、副腎皮質の機能を強める作用がある。放射能泉療法による関節リウマチ、変形性関節症、筋肉痛、神経痛などでの鎮痛効果は、その一部はラドンが脳下垂体を刺激して副腎皮質ホルモンの分泌を促し、メチオニンエンケファリンやβエンドルフィンなどの脳内ホルモンの分泌を高めたり、特に脂質の多い神経の髄鞘への作用による可能性がある。

ラドン温泉浴の臨床実験例

ラドン温泉入浴による臨床効果を厳密な二重盲検法で検討した成績がある。頚や背中に強い痛みのある頚椎脊椎症の患者を無作為に21人ずつの2群に分け、3週間の温泉療法中、すべての患者はマッサージ、リハビリ運動を共通の基礎療法として受けた。2群のうち1群はラドン泉入浴群(浴水中放射能濃度3kBq/L、37℃の全身浴)、他の対照群は水道水入浴を行った群である。その結果、痛覚の闘値の変化を皮膚の上から筋に加圧して痛みを感じ始める圧でみると、ラドン泉入浴群では療法が終わった後少なくとも4か月は闘値が高くて、痛みが減少したことが分かる(図1)。

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2.天然ラドン吸入療法とその効果

ラドンは吸入で気道を通じて体内に吸収される。吸入法にはサウナ療法、洞窟・坑道療法などがある。

三朝温泉の「熱気浴」サウナ療法

三朝医療センターの「熱気浴」は、室温40℃、湿度90%の湿式サウナで、放射線量は毎時8μシーべルトである。膝関節症患者で40分のラドン熱気浴を隔日に約1ヶ月間行うと、関節痛の軽減、炎症の改善が見られた。また、抗酸化機能や損傷したDNA修復能の向上が見られた。健常男性を対象として、天然のラドンサウナ、実験用ラドンサウナ、ラドンを含まないサウナで、連続浴を行うと、ラドンを含む2種のサウナ浴群では、濃度に応じて血圧低下、関節痛の軽減、5回目以降で血中インスリン濃度の増加などが観察された。

Ⅱ.バード・ガスタインの坑道吸入療法

放射能泉療法で有名なオーストリアのバード・ガスタインBad Gasteinでは、町の南にあるバード・ベックスタインBad Böcksteinでラドンガス吸入療法が行われている。患者は坑道入り口にある病院で医師による診察を受けたあと、電車で約2kmの坑道を通って治療室に運ばれる。電車は1日に2回運行し、一度に100人ほどが乗る。

治療室は坑道を横に広げて作られた5室である(写真1)。治療室のラドン濃度は140~160kBq/m3で、室温は38~41℃、湿度は70~100%である。それぞれの治療室で温度と湿度が異なり、患者は治療室では裸になって1時間ベットに横になる。この間、医師と看護師が2回各患者を診てまわる。全体として高温・高湿の環境下で行われる刺激性の強い療法であり、中核体温(直腸温)は約1℃上がり、発汗による体重減少量は男性で約1.2kg、女性で約1.6kgである。この療法期間は3週間で、隔日に坑道療法を受けるので計10~15回、延べ10~15時間ラドンに曝されることになる。主な適応症は強直性脊椎炎、リウマチ性疾患で年間3,000人の患者が訪れる。病院で普通のリハビリテーションを行った群に比べて、リハビリにラドン坑道療法を加えた群の方がADL(日常生活の基本動作)の改善が明らかに認められている。リウマチ性疾患や強直性脊椎炎では、鎮痛効果は3~5週間の療法後、数か月は続く。ある検討例では52人の強直性脊椎炎の患者が坑道療法を少なくとも6回行った結果、関節の痛みが軽くなり可動性が増したが、多くの患者では療養が終わってから1~2か月後にもっとも明らかであった。また、その後の痛みの軽減は6~9か月続いていた。このように、ラドン温泉療法は入浴でも吸入でも特に関節・筋・神経などの鎮痛効果が優れていることが見られるといえよう。

出典:社団法人日本温泉協会発行の「温泉ONSEN」2012年2月号より

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