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放射能泉、特に単純放射能泉の温泉分析表を見ると、意味不明の数字や単位、いわくありげな効能書きに戸惑う人が多いだろう。そのわりには色もにおいもない。肌触りも普通の湯とそれほど変わりなく、温泉のありがたみもあまり感じられないようである。 温泉医学に解説書でも、「微量の放射線は人体によい影響を与えるとの説もあるが、科学的根拠は乏しい」とバッサリ切り捨てている。中には「尿を介して尿酸を排出することから痛風の湯という」としながらも、入浴による効果なのか飲泉の効用なのかは不明なものもある。

このように、放射能泉にはとかく不明瞭な点が多い。その一方、あちこちに「人口ラドン温泉センター」のような施設があり、からだの芯から温まると信じているお年寄りのファンが結構いる。 日本は被爆国であり、放射線の危険性は強く意識されている。しかし、地球上どこでも自然環境からの放射線が存在しているので、放射能泉に入浴することによって特別に強い放射線を浴びるわけではない。微量の放射線でもからだにとって害になるのか、逆にむしろ生体機能を活性化する効果があるのかについては、以下に紹介するようにいろいろな議論があり、いまのところ決定的な証拠はない状況である。

放射能泉とは

温泉水が地表に湧き出てくる途中で、放射性のウランやトリウムを多く含む岩石を通過すると、これらの物質に由来するラジウムやラドン(これらも放射性元素)を溶かし込んで放射能泉となる。 日本には放射能泉は少ない。その大部分は温泉が三〇度以下の低温で、pHが中性から弱アルカリ性であり、ラジウムよりもラドンの量が多い。 ラジウムは地下深いところにある粘土鉱物や沈殿物に吸着して濃度が高くなっているが、次第にラドンに変わっていく。このラドンを含んだ地下水が岩盤中の長い距離をゆっくりと時間をかけて流れていくことから、地上に湧き出るときには水温も下がり、低温の放射能泉が多くなる。また、ラドンの半減期は約四日と短いため、長い距離を移動している間にラドンがどんどん減り、地表近くに湧き出るときには単純温泉になってしまう可能性もある。

日本の放射能泉には、二股(北海道)、玉川(秋田)、飯豊(山形)、増富(山梨)、有馬(神戸市)、三朝(鳥取)、二丈(福岡)などがある。 有馬温泉(神戸市)は放射能泉として有名だが、塩分濃度も高いことが特色で、「有馬型温泉」という名称があるくらいである。有馬温泉には、ラドンのほかにラジウムやトリウムも含まれ、高濃度の放射能泉になっている。 玉川温泉(秋田県)は火山性温泉で、日本で最も硫酸酸性度が強い温泉でもある。温泉が湧き出る穴の周囲に、ラジウムを含んだ沈殿物がたまっている。この成分は台湾の台北にある北投石と同じく重晶石(バライト。バリウムの硫酸塩鉱物)でバリウムの一部がラジウムに置き換わったものである。ただ、玉川温泉水に検出される放射能はあまり強くない。

放射線は微量でも危険か

私たちのまわりには、さまざまな放射線が存在している。ふだんの生活の中で受ける放射線の半分近くは、土や石建材、空気中に広く分布しているラドンによる。ヨーロッパに多い石づくりの家屋は密閉度の高いことから、室内ラドンの濃度と肺がんの発生に関係があるとされ、一九八〇年代に大きな社会的・医学的問題となった。吸入で体内に入ったラドンから出るアルファ線が気管、気管支および肺胞の粘膜を照射するため、肺がんを起こすといわれたのである。 放射線についての日本の法令や基準値は、「国際放射線防護委員会(ICRP)」の勧告をもとに決められている。その基本原理は、広島や長崎の高放射線量のデータなどから、「放射線はどんなに微量であっても有害」という「閾値なしの直線仮説」が基本である(電力中央研究所・服部禎男による)閾値(または域値)とは、ある値以上になると効果が現れ、それ以下では、効果がないという境界の値のことで、「閾値なし」とは、「放射線はどんな少量でも有害」ということになる。

しかし、放射能泉として知られる鳥取県の三朝温泉で、三七年間にわたる死亡統計を調査した岡山大学の御船政明は、「三朝温泉住民のがん死亡率は、全国平均や周辺よりも低い」という結果を一九九二年に発表した。三朝温泉の放射能は、一リットルあたり平均約四〇〇ベクレルで、温泉地では屋外でも周辺の農村地帯の二・四倍ある。ある浴室内の放射能は一立方メートルあたり二〇〇-八〇〇〇ベクレルで、アメリカ環境保護局による室内基準値の一五〇ベクレルを大きく上回っている。このように三朝温泉では、空気中のラドンを日常的に吸入しており、さらには温泉を飲む習慣もある。ラドンに直接影響される肺、胃、大腸でがんが少ないことは、少なくとも「すべての放射線は有害」という考えに問題があることを示唆しているとした。 この報告が発表されてから、三朝温泉地区のような、低濃度のラドンに日常的にさらされているところに住んでいると、がんによる死亡率が低くなるのではないか、と話題になり、その後の「低濃度放射能の有効性(ホルミシス効果)」についての根拠としてよく引用されるようになった。

しかし、同じ研究グループが六年後(一九九八年)に発表した報告では、調査地域と期間が少し異なっていたが、三朝地域では胃がん以外の死亡率は低下しておらず、男性の肺がんはむしろ増加していた。前回の疫学的調査でのデータ収集方法に問題があるとの指摘もあり、調査の慎重さが求められている。

ホルミシス効果の提唱案

ホルミシス効果は、放射能泉の効能を考える場合に避けて通ることができないので、ここで少し補足しておきたい。 ホルミシスとは、ホルモンの語源であるギリシャ語のhormo(刺激する、促進する)に由来している。その意味は「大量使用すると有害だが、少量、あるいは適量の場合には、逆にからだによい刺激を与えてプラス効果をもたらすこと」である。 最初にこの概念を提唱したのは、アメリカ、ミズーリ大学のT・Dラッキーだ。彼らは、放射線による生体作用についてのそれまでの膨大な調査研究の結果を解析し、一九八二年に、「少量の放射線は免疫機能を向上し、からだの活動を活性化し、病気を治したり病気にかからないようにする。また生殖能力を増し、老化を抑制して寿命を延ばすなど、いろいろな面で生物学的にみてよい効果をもたらす作用がある」と結論づけた。 放射能泉のホルミシス効果については、今後十分な検討が必要である。

放射能泉の作用

ラドンは脂肪に溶けやすいため、二酸化炭素や人工浴剤に使われる多くのテルペン系物質(ラベンダーやローズマリーなどのかおりの成分)と同じように、皮膚を通してかなり体内に入る。皮膚からの吸収は、浴水温度が高いほど、また皮膚の血流量が多いほど増加する。たとえば、三八度の浴水では、三一度に比べて五倍も多く吸収される。また、高齢になるほど皮膚からの吸収や排泄が減少する。

天然放射能泉の多くは、二酸化炭素も含んでいる。放射能泉に二酸化炭素や食塩などが混じっていると、皮膚からの物質吸収は増加する。有馬温泉では、放射能泉と二酸化炭素泉が近くにある。高濃度に二酸化炭素が含まれている「金泉」と、ラドン・ラジウムが含まれている「銀泉」などをブレンドすると、両方の効果が高まる可能性がある。 体内に吸収されたラドンは、血流に入って全身を回る。一回の放射能泉への入浴で、浴後約二〇分で血液中のラドン量が最大になり、それから速やかに減少していく。血液中で最大濃度となるラドン量は、浴水中のラドン濃度の平均一・七パーセント。循環器系に入ったラドンは、いろいろな器官・組織に達する。

ラドンは脂肪と強い親和性があることから、脂肪が多い副腎皮質、脾臓、皮下脂肪、中枢神経系のリポイド(類脂質)、赤血球などに多く集まる。そのため、特に副腎皮質や脳下垂体の機能を強めるとされる。関節リウマチや運動器疾患の患者さんが、ラドン泉に入浴すると痛みが和らぐといわれる。これらは、ラドンが特に脂質の多い神経の髄鞘に親和性があって、この部分に作用するためと説明されている。

ラドンの効果的利用法

ラドン温泉に入浴する場合には、浴槽や入浴法を工夫する必要がある。ガス状のラドンは浴水温が冷たい方がよく溶ける。加熱すると温泉水の中から、空中にすぐに逃げ去ってしまうため、ラドン泉の浴場では、浴室をできるだけ閉鎖的にし、締め切った空間をつくるようにする。広い浴室では、せっかくのラドンも薄まって効果が期待できない。「温泉水中に有毒な二酸化炭素や硫化水素ガスなどが混在していない」との前提条件があるが、単純放射能泉の浴場では温泉水面からの浴槽の縁を高くし、入浴中にラドンガスをできるだけ吸入できるように工夫すべきだろう。同時に鼻からラドンを吸入することがポイントである。

福岡県二丈町にある「きららの湯」は、単純放射能冷鉱泉で、ラドン含有量が高い。ここでは、源泉からのラドンガスをできるだけ逃さないように、浴槽をガラスパネルで囲んでいる。ラドンは空気より重いため、浴水面近くにたまり、入浴と同時に吸入が可能になる。このようにラドンガスを積極的に逃さない工夫をしているのは、日本ではあまり見かけない。

一方、オーストリアのバード・ガスタインでは、個人治療用のラドン温泉浴槽があり、その特殊な形から特にガスタイン式浴槽と呼ばれている。浴槽の縁は浴水面よりかなり高くなっていて、入浴しながらラドンガスの吸入もできる工夫がされている。ただ、これらの温泉はラドンガスだけを含む単純冷鉱泉に属する。温泉に二酸化炭素ガスや硫化水素ガスなどの重いガス成分が高濃度に混じっている場合は、これらのガスの吸入で中毒症状を起こす危険性があるので、常に湯が溢れているようにしたり(オーバーフロー方式)、浴室床面での換気を完全にしなければならない。

鎮痛効果の実証実験

温泉入浴による臨床効果を、二重盲検法などできちんと実証することは、一般的に困難とされ、この種の検討はほとんど見られない。こうした中で、しつこい痛みに対する鎮痛効果を、放射能泉と水道水を使った厳密な二重盲検法で追究して、放射能泉の有効性を検証したドイツ、ミュンヘン大学のW・プラッツェルの報告がある。使用したラドン温泉は無色無味無臭で水道水とは一見区別がつかないため、この種の試験が可能であった。

長年にわたって、頸椎脊椎症のために頸や背中に強い痛みのある患者さんを、無作為的に二一人ずつの二群に分け、すべてに三週間の温泉療法として、マッサージ、リハビリ運動療法を共通の基礎療法として行った。そして、二群のうち一群は「放射能泉入浴群」として放射能泉の全身入浴を行い、もうひとつのグループは、対照群として水道水で同様な入浴をした。療法が終わった後、痛覚閾値(疼痛を感じ始める圧)の変化を調べたところ、放射能泉群では、対照群に比較して、少なくとも四か月間は明らかに高かった。痛みが減少していたのである。また、主観自己申告による評価では、放射能泉群は四か月経っても痛みの程度は軽くなっていた。

飲用の効果

ヨーロッパでは、かつてラドン温泉水の飲泉療法が盛んに行われた時代があったが、現在では処方されていない。しかも、飲泉による効果や適応症とされてきたものが、その後の検証で「効果なし」と認定されたものもある。たとえば、放射能泉はプリン体や尿酸代謝に影響を与えるということで、かつて「痛風の温泉」といわれた。しかし、その後の研究で、痛風での尿酸排出増加や総窒素排出を促進するという効果は否定された。また、放射能泉には利尿効果があるので、尿路結石やむくみによいとされた。しかし、現在ではこのような効果も証明されないということになっている。日本の温泉効能の解説書に、放射能泉飲用による利尿効果や尿酸排出効果をうたっているものが見られるが、これらの効能については、今後の科学的な再検証が必要であろう。

バード・ガスタイン Bad Gasteinのラドンガス坑道療法

バード・ガスタインは、オーストリア中央部に位置し、周囲が三〇〇〇メートル級のアルプスの山々に囲まれたガスタイン峡谷にある。峡谷に沿ってホフ・ガスタイン、バード・ガスタイン、ベックスタインという温泉地が連なっている。標高一三〇〇メートルと、最も高いベックスタイントル地区にある治療用坑道ハイルストーレンは、ユニークなラドンガス吸入療法で有名である。

この鉱山はかつて金を採取していたが、現在は廃坑になっている。昔からここで仕事をしていた作業員は重労働の後も疲労回復が速く、病気になりにくいという話が伝わっていた。第二次世界大戦後、その原因がラドンガスによることがわかり、特異な坑道療法に発展した。ラドン吸入療法は次のように行われる。 患者さんや利用者は、坑道の入り口にある付属病院で診察を受けたあと、約二〇〇〇メートルの坑道を電車で治療室に運ばれる(写真4-15、16)。電車は、普通一日に一回、一回に一〇〇人ほどが乗り込む。横たわったままで移動できるシートもある。

治療室は、坑道を広げてつくった空間で、全部で五つある。ラドン濃度は一立方メートル当たり平均四四キロベクレルで、温度は三七-四一・五度、湿度は七〇-九五パーセント。それぞれの治療室で温度・湿度が異なる。患者さんは治療室で裸になる。ラドンガスが全身の皮膚表面から吸収されやすくするためで、ラドンは吸入と皮膚を通じて体内に入ることになる。ここでベッドに横たわって一時間滞在するのだが、この間、医師や看護師が一回、各患者さんを診て回る。医療スタッフは空調のよく効いた診療室に詰めていて、救急治療に待機したり、カルテの記入などを行っている。

バード・ガスタインのラドン吸入坑道療法は、高温高湿の環境条件下での刺激性が比較的強い療法である。治療室に滞在した患者さんの深部体温(直腸温で測定)は、一度くらい上昇する。発汗による体重減少量は男性で約一・二キログラム、女性は一・六キログラムほどという。患者さんはふつう二-三週間滞在し、原則として隔日に坑道療法を受ける。主な適応症は強直性脊椎炎、関節リウマチ、多発性関節炎、呼吸器疾患で、付属病院にかかりながら治療を受ける。年間約三〇〇〇人が訪れるとのことである。 バード・ガスタインの坑道療法では、ラドンガス吸入と温熱療法を同時に行うことになる。病院で一般的なリハビリテーションを行った人たちに比べて、坑道療法をリハビリに加えた人たちの方が、ADL(日常生活活動) の改善が明らかに見られる。また、リウマチ疾患や強直性脊椎炎では、鎮痛効果は三-五週間の療法後数か月間続くことが報告されている。五二人の強直性脊椎炎の患者さんに対して坑道療法を少なくとも六回行った例では、多くの人たちで関節の痛みが軽減した。関節の可動性が増進し、療養が終わってから一-二か月後に最もよくなった。その後、痛みの軽減は六-九か月続いた、という結果が報告されている。

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出典:温泉と健康より

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