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放射能泉の安全に関するガイドブックより

第二章「放射能泉の安全と健康」

山岡 聖典、鈴木 文男、安保 徹

体温と健康と放射線
安保 徹(新潟大学大学院医歯学総合研究科/免疫学教授)

はじめに

ヨーロッパでも日本でも放射能泉を利用して、健康増進や病気の治療に利用してきました。長い歴史を持っています。しかし、去年の福島原発事故で予期せぬ放射能汚染が東北や関東の地域に広がり、日本人は再び放射能の知識を正確に学ぶ必要に迫られています。これまでは非日常的だった放射能に関して、正しい知識を持つことが日本人に要求されているように思います。放射能から出る放射線は微量だと「放射線ホルミシス」と呼ばれるように、私達のからだの代謝系や防御系を活性化し健康増進に役立ちます。しかし、大量だと放射線障害が出現してしまいます。原爆による急性死やガン治療による骨髄機能低下作用や免疫抑制作用などです。放射能泉を利用する人も放射能汚染を心配する人も、放射能や放射線に対する知識を得て暮らす時代に突入しました。いっしょに学びましょう。

また、ここではストレスと体温と病気の関係も明らかにしていきます。入浴や微量放射線でからだの体温を上げることが、なぜ病気から逃れ健康を取り戻すことになるのかを知りましょう。東洋医学には「冷えは万病の元」という言葉があります。それでは、冷えがなぜ起こるかも明らかにしたいと思います。

(1)ストレスと低体温

私達は長い人生の間に色々なストレスを受けて暮らしています。小さなストレスはむしろ生きがいとも言えますが、忙しさや人の悩みなどからだに多大な負担になる場合もあります。この時多くの人が引き起こす体調が交感神経の緊張と副腎皮質ホルモンの分泌です1)。甲状腺ホルモンの分泌も伴います。このようなストレス反応は体温や血糖値にどのような変化をもたらすでしょうか。マウスを用いてこの変化を研究しました(図1)。マウスを金網に3時間はさんで直腸温と血糖を測定しました。激しい低体温と高血糖が誘導されています。この反応はヒトも同様でしょう。多くの冷えに苦しむ人がいますが、ストレスを抱えていることがほとんどです2)。また、血糖上昇により糖尿病を併発してきます。ストレスが長引いた時は病気になるでしょう。

ストレスの反応は低体温ですが、これには血管収縮による血流障害が伴っています。従って、ストレス反応の結果は低体温、低酸素、高血糖なのです。このような反応には身を守ろうとする意味合いもあります。表1に示すように私達は2つの方法でエネルギーを得ています。解糖系とミトコンドリア系です。それぞれ、無酸素下で起こる、有酸素下で起こるという特徴があります。また、それぞれの使い道も異なるのです。ストレスで起こる低体温、低酸素、高血糖は解糖系を働かせるには最適の条件になっています。つまり、これらの条件を得て瞬発力を得ることができます。ストレスを乗り越えるためには危機を乗り越えるための力が必要です。この力を得るためにからだの内部環境を整えているのがストレス反応ということができます。

しかし、ストレスが長引くとミトコンドリア系には不利になります。表にあるように有酸素で働くミトコンドリア系は37℃以上の体温が必要です。ストレスで低体温と低酸素が続くとミトコンドリア系が働きづらくなってしまいます。ミトコンドリア系のエネルギーは赤筋や心筋の持続力に利用されているので歩いたりすることが困難になります。また、心臓にも負担が増すでしょう。ミトコンドリアで作られたエネルギーは蛋白合成にも使われているので、その人はやつれてくるのです。これが病気の本体と言ってもいいでしょう。

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(2)低体温と病気の発症

具体的に健康な人や病気の人の体温を見ていきましょう(図2)。成人(30~70才)の体温を腋窩で測定した値ですが35.8-37.2℃の範囲を示しています。平均値では36.5℃です。これくらいの値であれば健康を維持できるわけです。老人(70才以上)では体温が成人よりも低くなっています。活動量が低下し代謝も抑制されてくるからでしょう。それでも35.8-37.0℃の範囲におさまっています。平均値では36.2℃です。このような体温を目安にして生活するといいでしょう。

アトピー性皮膚炎(AD)、ガン(Cancer)、パーキンソン病(PD)、精神疾患(MD、主にうつ病)の患者の体温も測定しています。特に低体温を示しているのはガン患者とうつ病の患者です。36.0℃以下の人がかなりの頻度で見受けられます。これらの患者の中には体調が良い方に変化している人も多いのですべて低体温というわけではありません。しかし、病状が進んでいる人は体温が下降しているというのは経験的にも明らかです。低体温はミトコンドリアでのエネルギー生成を抑制します。ガン細胞はミトコンドリアが少なく解糖系を中心に生きている細胞です3.4)。つまり、ガンの発症や進行はストレスによって生じた低体温が支えていると言っていいでしょう。うつ病の人も発症前に強いストレスを受けています。ニューロンはミトコンドリアに強く依存している細胞なのでストレスによる低体温はニューロンの機能を抑制します。これがうつ病の病態をつくっていると考えられます。

ガン患者やうつ病患者に見られる低体温はストレスによる交感神経緊張が背景になっているものと考えられます。しかし、低体温には副腎交感神経側への偏りでも誘発されるということを知っておきましょう。自律神経系と体温の関係を明らかにしました(図3)。私達の体温はその人の活動量によって決定されています。先に述べたように、平均値は36.5℃ですがこの値は生き方によって変化します。

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活動が活発で交感神経有優位で生きている人の体温は上昇します。これが図の中心部から左への移行です。逆に、ゆったり生きている人は副交感神経優位で生きており体温は下降します。代謝量が増加するとミトコンドリアでの働きが活発化し体温も上昇するからです。太りぎみで活発な人は37℃前後まで上昇します。逆に、やせていて筋肉量が少なく不活発な人は体温が下降するのです。交感神経優位は体温を上昇させるのですが、ある限度を越えると急に体温が下降しだします。血管収縮による低体温です。本人は顔色が悪くなりからだに冷えを感じます。逆に、不活発過ぎた副交換神経側への偏りでも低温になります。子供でも若者でも大人でも不活発すぎるとからだが冷えて体調不良に苦しむでしょう。このように快適に生きるためには、交感神経側に偏っても副交換神経側に偏っても破綻します。これが東洋医学でいう「冷えは万病の元」ということでしょう。

交感神経緊張のもう一つの特徴は組織障害の病気とつながることです。つまり「白血球の自律神経支配の法則」の理解が必要です5)。交感神経支配下にあるこの顆粒類は交感神経刺激で数が上昇します。この顆粒球は殺菌処理のための大切な細胞なのですが、過剰になると消化管の常在菌と反応して組織破壊の病気を引き起こします。歯周病、食道炎、びらん性胃炎、胃潰瘍、クローン病、潰瘍性大腸炎、痔疾などです。突発性難聴もこのようにして起こる病気です。副交換神経刺激で活性化し数が増加するのは白血球のうちのリンパ球です。リンパ球は抗体をつくり、免疫に関与する重要な細胞ですが、過剰になるとアレルギー疾患を引き起こすに至ります。つまり、副交感神経優位の行き方が続くといろいろな物質に過剰に反応するようになります。代表的疾患がアトピー性皮膚炎、気管支喘息、蕁麻疹、花粉症、化学物質過敏症、紫外線アレルギー、金属アレルギーなどです。このように自律神経の偏りは低体温に加えて多くの病気の発症メカニズムとつながっています。

(3)体温上昇のための条件

これまで記載してきたように、生き方の偏りが体温低下を招いているので体温を上げるためには生き方の改善が必須の条件になります。忙し過ぎる人は仕事を減らす必要があります。逆に、不活発な人は体操や運動をしてからだを動かさなくてはいけません。次に、体温を上げる別の方法も考えてみましょう。  入浴やカイロなどで外から熱を加えるのも体温上昇にプラスになります。特に病気の人は一番手っ取り早い方法でしょう。太陽の光に当たることも体温を上昇させることに役立ちます。温熱も太陽光(紫外線)も直接ミトコンドリアに働いてエネルギー生成系を活性化する力を持っています。太陽の光(紫外線)に加えて、自然放射線もミトコンドリアを活性化する力があります。これが、日本でも世界でも放射能泉を良く利用してきた理由になっています。放射線ホルミシスという概念です。

(4)放射線ホルミシス

物理化学的刺激がヒトに作用した時、ホルモン様のプラスの作用をもたらすことがあります。ホルモン様効果ということでこの現象をホルミシスと名付けたのです6.7)。ホルミシスは東洋医学的治療によく利用されています。漢方薬は食べるには無用でむしろ危険なものですが、少量を口にすることによって毒物を排泄する副交換神経反射が引き起こされます。これによって、消化管の働きを良くし便秘を解消するなどの治療効果を出しています。利尿効果も出ます。

鍼灸も同様です。鍼は小さな傷をつけますが、この傷を修復する生体反応や、物理的刺激を跳ねのけるための血流増進効果を発揮します。灸は熱傷を起こすので、熱の物理的刺激を跳ねのける代謝亢進作用が起こります。微量の放射線がホルミシス効果を表すのも同様の作用です。特に、からだの坑酸化作用が上昇します。また、DNA損傷からの回復力の上昇をもたらすわけです。

このように人類は多くの物理化学的刺激を利用して健康増進や病気の治療に役立ててきたのです。ラジウム温泉を利用するのも、温泉の温熱効果に加えて低放射線ホルミシス効果を期待したものです。日本や世界各地でラジウム鉱泉が利用されていますが、自然放射線の約100倍くらいの値になっています。私達の自然放射線の被爆量は2.4mSv/年ですから200mSv/年前後です。

(5)放射線照射とミトコンドリア

私達の細胞内にエネルギー生成のための小器官、ミトコンドリアが存在します。ミトコンドリアはクエン酸回路を回して食べ物(主にピルビン酸など)から水素分子を取り出します(図4)。この水素をプロトンと電子に解離させ電子伝達系に運ぶわけです。ミトコンドリアの内膜の外側にプロトン、内膜の内側に電力をためて電気エネルギーをつくります。そして、これを脱分極させてATPをつくっています。この流れの中でミトコンドリアは紫外線や放射線などの電磁波を利用しています。電磁波の中で、水素分子をプロトンと電子に解離させているのです。

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電磁波の中で波長が短くエネルギーが高いのが宇宙線やラジウムやカリウム40から出るガンマ線です。次に、医療用に使用するX線です。さらに、波長が長く多少エネルギーが低くなったのが紫外線です。このため、自然界に存在するガンマ線や紫外線は生命維持にとって必要不可欠の物理的刺激になっています。私達生命体が太陽光無しで生きられないように、自然界に存在する放射線なしには生命は存続できません。自然界からくる1年間の放射線の量(2.4mSv/年)は、宇宙線:地表:食物=1:1:1くらいです。

宇宙飛行士の古川さんが戻ってきました。その時の新聞記事に、宇宙では1日で半年分の自然放射線を浴びているというのがありました。過去の38億年前の生命誕生後の長い間、地球には酸素やオゾン層がありませんでしたので、宇宙線も今の200~1000倍の量で地上に降り注いでいました。また、ウラン(半減期が45億年、ラジウムはウランの崩壊で生じている)やカリウム40(半減期13億年、ふつうのカリウム中に0.012%含まれる)から出て、生命体に当たる自然放射線もこれまでの38億年間でそれぞれ約1/2、1/8くらいに減衰しています。今の地球では、むしろ生命体は放射能や放射線不足になっているという状況です。

(6)放射線は害か健康増進か

最少の放射線でもからだにはマイナスという考え方がlinear non threshold theory(LNT説)です。しかし最近多くの研究で、放射線には生命体には必要量がありそれ以上になった時に放射線障害が出るという考え方が出て、これはdose response theoryとかhormesis theoryとか呼ばれています(図5)。トーマス・D・ラッキー博士の提唱している考え方です。これを見ると100mGy/年(100mSv/年に相当)がホルミシス効果を生む最適値になっています。

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 日本人は福島原発事故のために、放射線の害や利益について知らざるを得ない状況に置かれてしまいました。この論文で書いたような内容を知らないで生きるとつらいことばかりが多くなってしまいます。厳し過ぎる被爆量を設定すると人がその地に容易に住めなくなりますし、十分厳しい値なのに、それでもさらに不安を抱えることになったら別の意味の健康被害が出てしまうでしょう。この論文で正しい判断ができるようになるといいと思っています。

おわりに

紫外線も放射線も波長が短くエネルギーが高い電磁波の仲間です。電磁波は波長が短い順からならべると、y線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、電波となっています。上記したy線、X線、紫外線は直接ミトコンドリアに働いて電子伝達系への移行を刺激しています。従って、ほど良い自然放射線や太陽光はミトコンドリアを活性化して、私達のエネルギー生成を高め同時に体温も上昇してきます。しかし、これらの刺激が強すぎるとミトコンドリアは過剰活性化を受け破綻します。ミトコンドリアは呼吸酸素であるチトクロームCを細胞質に放出し細胞の死(アポトーシス)を誘発します。これが大々的に生じたものが放射線障害や日射病です。温熱刺激も強過ぎると同様の反応を引き起こします。これが湯当りです。このようなことを知りながら無理なく体を温めることが大切です。

引用文献

  • 1)Watanabe,M.,Tomiyama-Miyaji,C.,Kainuma,E.,Inoue,M,.Kuwano,Y.,Ren,HW.,Shen,JW.and Abo,T.Role of α-adrenergic stimulus in stress-induced modulation of body temperature,blood glucose and innate immunity.Immunol.Lett.115:43-49,2008.
  • 2)Kainuma,E.,Watanabe,M.,Tomiyama-Miyaji,C.,Inoue,M.,Kuwano,Y.,Ren,HW.and Abo,T.Association of glucocorticoid with stress-induced modulation of body temperature,blood glucose and innate immunity.Psychoneuroendocrinology 34:1459-1468,2009.
  • 3)Abo.T.,Watanabe.M.,Matsumoto,H.,Tomiyama,C.and Taniguchi,T.Metabolic conditions,hypothermia,and hypoxia induced by continuous stress are more often associated with carcinogenesis than known carcinogens.Med.Hypotheses Res.7:53-56,2011.
  • 4)Watanabe,M.,Miyajima,K.,Matsui,I.,Tomiyama-Miyaji,C.,Kainuma,E.,Inoue,M.,Matsumoto,H.,Kuwano,Y.and Abo,T.Internal environment in cancer patients and proposal that carcinogenesis is adaptive response of glycolysis to overcome adverse internal conditions. Health 2:781-788,2010.
  • 5)Abo.T.,Kawamura,T.,Kawamura,H.,Tomiyama-Miyaji,C.and Kanda,Y.Relationship between diseases accmpanied by tissue destruction and granulocytes with surface adrenergic receptors. Immunologic Res.37:201-210,2007.
  • 6)Luckey,T.D.Hormesis with Ionzing Radiation.CRC Press,Inc.1980.
  • 7)ラッキー,T.D.放射線ホルミシスⅠⅠーヒトおよび動物のデータを中心に-(訳:松平寛道)ソフトサイエンス社、1993.

プロフィール

安保 徹
新潟大学大学院医歯学総合研究科(国際感染医学講座)免疫学・医動物学分野教授
(経歴)
1972年3月東洋大学医学部卒業
1972年4月青森県立中央病院内科研修
1973年4月東北大学歯学部微生物学助手
1979年9月アメリカ合衆国アラバマ大学留学(5年間)
1991年1月新潟大学医学部 教授
(賞歴)
1998年新潟日報文化賞

出典:放射能泉の安全に関するガイドブックより

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