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放射能泉の安全に関するガイドブックより

序論

三友 紀男 (特定非営利活動法人健康と温泉フォーラム会長他)

はじめに

特定非営利活動法人健康と温泉フォーラムは昨年、原発事故で苦境にある福島県いわき市で「震災復興全国温泉フォーラム」を開催し、全国から20を超える温泉地関係団体代表とともに、被災温泉地の状況を体感し、その復興の絆と支援の必要性を共有して参りました。そして、東日本大震災とそれに続く原発事故が全国の温泉地にも多大な影響を及ぼし、特に放射能泉を活用している温泉地から、療養・保養の常連客が波が引くよう去っていくのを温泉地の関係者と共に見守りました。温泉療養を健康の支えにしてきた中・高齢者の人たち、幼児をもつ若いお母さんなどが、根拠のない風評被害によって、日常生活さえ混乱と不安を募らせているのを目にします。

そして戦後の日本には放射能に関する教育が極めて少なく放射能に関する正確な知識を身につける習慣がなかった事、事故時及び事故後の政府発表ならびにマスコミの報道姿勢は、国民の信頼を得るどころか、不信感を増大する大きな原因になった事、そしてインターネットや、電子メール、フェイスブックなどの利用で、一般市民間の情報交流が加速したことなどが風評被害の原因と考えられています。こうした不安を取り除き、放射能と放射能泉に関する正しい知識を世代を超えた人々に発信していく事、そして特に、温泉地関係者や温泉医療関係者の人たちに、正しい放射能泉の知識とその安全に関して、専門家の知見を集約し、届けたいとの願望がこの小冊子を発刊する大きな理由です。そして、今回の出版の実現には様々な事業の集積があり、その背景を説明することにより、読者のさらなる理解の助けになることを期待します。

(1)ラジウム・ラドン温泉を利用した健康日本推進連絡会議

特定非営利活動法人健康と温泉フォーラムは原則毎年全国の温泉地で地元温泉関係団体と協働して健康と温泉に関するフォーラムを開催してきました。2008年11月には鳥取県三朝温泉にて「温泉を活用した地域の連携」をテーマに岡山大学病院三朝医療センター、三朝町、NPO法人ラドン温泉医療三朝会議の共催で開催しました。会議では地域医療での温泉の活用と同時にラドン温泉に関する広域連携の必要性が討議されました。

2009年6月には東京の科学技術館サイエンスホールにて「ラドン温泉医療を活用した広域連携による地方再生」をテーマに内閣府、環境省、国土交通省などの後援でフォーラムを開催し、全国から300名を超える参加者と放射能泉の代表的な温泉地、秋田県玉川温泉、鳥取県三朝温泉、山梨県増富温泉関係者が熱心な討議を展開いたしました。同年4月には、全国屈指のラジウム・ラドン温泉で有名な三朝温泉、増富温泉郷、玉川温泉が連携し、ラジウム・ラドン温泉の医療への活用の正しい認識、地域の連携、地域活性化の取り組みをそれぞれ協議し、相互に補完できうる有機的な広域のネットワーク化を検討し、全国の保養・療養客に発信することを目的に、自治体、大学、温泉病院、温泉関係団体、NPO団体が中心となり「ラジウム・ラドン温泉を利用した健康日本推進連絡会議」が発足しました。2010年には新潟県の村杉温泉が新たに連携温泉地になりました。

(2)「新・湯治サポートプラン」

平成元年からインターネットを活用した温泉療養相談が500件を超えたのを機会に、重複した質問や相談をストレス性疾患、間接リウマチ、レーノー症状、高血圧、糖尿病、肥満、脳血管障害、気管支喘息、皮膚疾患、消化器疾患、婦人科更年期症状の11の疾患に整理し、その解答例とその研究知見を掲載した「新・湯治のすすめ」を2009年5月に出版しました。近年、高齢社会が実感できる温泉地の客層の変化や、元気な中高年世代の長期滞在や保養サービスなどのニーズの高まりとともに、都市生活者の生活習慣病予防や介護予防に温泉が注目されはじめ、温泉地そのもののあり方がよく論議されるようになりました。特に温泉病院や温泉療法医のいる温泉地では積極的にこの潮流に向かっていく動きが顕著になり、温泉関係者、団体、自治体、NPOなどが連携して具体的な取り組みやサービスの提供などに乗り出した温泉地が現れてきました。

一方、定年退職後の中高年の世代には、温泉療法・保養に関する期待と同時に、情報不足や様々な不安があり、療養相談コーナーにもこの様な相談が多く寄せられました。温泉地での医療機関と宿泊施設の連携、プライバシー確保や食事、運動、温泉など一定の指導と管理、リーズナブルな宿泊料金、長期滞在し、生活の質を落とさずいかに楽しく滞在できるかが大きな関心事です。こうしたニーズを積極的に取り入れ、対応していこうと言う温泉地で、温泉地関係者や医療関係者の理解を得て、モデル的に整備していく「新・湯治サポート」事業が前記のラジウム・ラドン連携の温泉地を中心に白浜温泉なども参画し、そのモデルプランと施設の整備が始まっています。

(3)分断された温泉研究

今回の震災ならびに原発事故への温泉関係者の行動と対応は大きな問題を露出させました。戦後温泉の研究は様々な機関で実施されてきましたが、戦前と比べその発信力と影響力は著しく見劣りするとの判断は各専門家が挙って指摘している事実です。温泉のもつ歴史的、民俗学的、生活文化的に一般市民の視線に届く情報が欠如し、各専門分野の微細な研究に埋没され、温泉の本質的な生命と人間生活を舞台に活躍する役者が育ってきていないためだと指摘されます。細分化された大学教育の中、温泉学を学生に理解させるのは、現在の温泉と人間の関係の再構築と発想の転換が必要であり、その供給と需要のバランスが著しく損なわれています。現在、温泉教育全般を実施している大学は皆無と言え、観光論として、地理学として、地球科学としてその課題の1テーマとして継承されているに過ぎません。医師の国家試験にも温泉医学は割愛されています。去年の9月にフォーラム25周年記念事業の一つとして刊行された「温泉からの思考-温泉文化と地域の再生のために」(合田純人、森繁哉対談集。新泉社)の指摘するように3.11以降、いわゆる温泉人(温泉専門家)といわれる有識者の真摯な反省や問いかけが日本の温泉の将来をどのようなグランドデザインにするかいま大きな課題が見えてきました。

温泉は自然の慈悲として、又自然の脅威としてあり、温泉に俗することは生命再生の装置として日本人のDNAに継承されているのではないか?分断された温泉研究では温泉の本質な意味とありようがとりこぼされているのではないか?こうした問いかけにどのように答えるのか、日本の温泉を取り巻く環境をもう一度謙虚に振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。今回の論文構成では、特にこのような視点を底流に置き、特に温泉医学の関係者、専門家の皆様に、日本の温泉と温泉地を取り巻く現状を総合的に判断・ご理解いただきたく、第一章に様々な分野の専門家に新たにご執筆いただいた論文を編纂いたしました。放射能泉の安全に関するガイドブックとして、第二章以降掲載された医学的な知見と同様に、日本の温泉の現状を総合的な視点で認識いただき、温泉医療と温泉地が国民の信頼にどのように答えていくべきかの判断資料としてご活用いただければと期待しています。

出典:放射能泉の安全に関するガイドブックより

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