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放射能泉の安全に関するガイドブックより

第二章「放射能泉の安全と健康」

山岡 聖典、鈴木 文男、安保 徹

放射能泉と健康
山岡 聖典(岡山大学大学院教授)

諸言

三朝(鳥取県)の温泉療法は、バドガスタイン(オーストリア)やモンタナ(米国)の坑道療法とともにラドン療法として世界的に有名です。三朝において昭和14年から、岡山医科大学(当時)三朝温泉療養所、同放射能泉研究所、岡山大学温泉研究所などを経て、現存の同病院附属三朝医療センターに至るまで放射能泉に関する学理とその応用の研究が進められてきました。また、インスブルック大学医学部などのグループも、バドガスタインのラドン坑道(ハイルシュトーレン)療法施設やガスタイン・タウエルン地域研究所において、ラドン療法の医学的研究を進めるとともに欧州における関連研究の成果を総括してきました。このため本稿では、まず、ラドン療法の条件と適応症、およびラドン療法に関する研究とその応用例について、特に筆者らが実施してきた研究を中心に一部を概説することで紹介に代えることとします。

他方、放射線による健康への影響については、原爆による被爆など光線量放射線に伴う事例を基に研究されてきました。特に、発癌など障害論が大勢を占めていて、30年前までは低線量(200mGy未満(UNSCEAR原子力放射線の影響に関する国連科学委員会))放射線による健康影響についての検討はほとんどなされていませんでした。この理由として低線量放射線に対し生命が明確な応答を示さないことなどがありました。これにより、高線量域での放射線の健康影響を低線量域のそれに外挿した結果、放射線はたとえ低線量でも身体に害をもたらすという考え方(LNT(しきい値なし直線)説)が一般的に受容されていたのです。その後、放射線適応応答(ホルミシス)説が提唱され、放射線防護の考え方に一石を投じています。このため、本稿では、次に、放射線適応応答説、および低線量放射線の健康利用の安全性と今後の展望について、特に最近の動向を中心に概説します。

1.ラドン療法の条件と適応症

(1)ラドン療法の条件

バドガスタイン・ハイルシュトーレン(以下、バドガスタイン)内のラドン(222Rn(ウラン(238U)の子孫核種、エネルギー:5.5MeV、半減期:3.8日))濃度は概ね44,000Bq/m3、モンタナ・フリーエンタープライス鉱山地下坑(以下、モンタナ)内のそれは53,500Bq/m3三朝医療センター・ラドン高濃度熱気浴室(三朝)内のそれは2,080Bq/m3と報告されています1)。ちなみに、バストガスタインの場合、世界平均の約800倍、日本平均の約2,800倍に相当する高い屋内濃度です。また、バドガスタインの温度は37~42℃、湿度は70~95%と高温多湿です。三朝の場合もほぼこれに一致します。約40分横臥するだけで、治療頻度は処方に従い3~4週間、隔日に9~12回行われます。UNSCEAR報告(1993年)にある屋内ラドン線量換算係数(4(nSv/時間)/(Bq/m3))を用いて1人あたりの治療全体の被爆量を算出するとバドガスタインでは約1.1~1.3mSvとなります。

(2)ラドン療法の適応症

ラドン療法の適応症(効能)は、世界的にみて概ね表1にまとめられます。最も多い患者は、バドガスタインではベビテレフ病(強直性脊椎炎:脊椎の非細菌性炎症、わが国では珍しい)、モンタナでは関節炎、三朝では気管支喘息です。三朝の場合、温泉の泉質が単純泉(含重曹食塩放射能泉)であり、これを利用したラドン高濃度熱気浴療法・鉱泥湿布療法・温泉プール療法・飲泉療法などによる治療がなされています。

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2.ラドン療法に関する研究とその応用例

(1)ラドンの生理的作用

ラドンの生理的作用について、今まで次のような知見がり、適応症の機構解明を行う上で基本的な考え方となっています。すなわち、ラドンは不活性ガスであるため、身体のどの構成成分とも反応しません。ラドンは気道・肺・または皮膚(約90%は前者)を経て血流に入り身体全体に運ばれます。ラドンは脂溶性が高いので、内分泌腺や神経繊維のような脂肪含有量の高い臓器に集積する傾向があります。物理的半減期(3.8日)も短いうえ、身体中の滞留時間も短く50%は約20分後に消失します。しかし、この短期間にラドンは組織と接触し有益な効果を発揮します。また、ラドンはα線源であり、吸入・摂取すると生体内に微量の活性酸素を生じ易いのです。また、身体組織内では約20μmしか進まず比較的大きなエネルギーが組織に対して与えられるため、一連の複雑な刺激作用が生じると考えられています2)。

(2)ラドン療法に関する臨床研究例

Ⅰラドン療法による症状改善の機構解明例

ドン高濃度熱気浴治療による変形性関節症3)や気管支喘息4)の症状改善の機構について、筆者らの研究例を紹介します。適応症の多くは活性酸素が関与していることを踏まえ、血液中の免疫機能・坑酸化機能・疾患関連指標などに着目し、三朝での当該治療に伴う変化特性について検討しました。すなわち、患者に対し当該浴室(42℃)において1日1回40分、90%の高湿度下の治療を隔日に施しました。1回目の治療前(対照)、治療後、治療開始2、4、6週間目の各治療後に採血し、分析しました。
結果は、以下の通りです。

①両疾患患者ともCoNAによるリンパ球刺激試験では有意に応答した。変形性関節症患者にはヘルパーT細胞のマーカーとなるCD4陽性細胞の増加とサプレッサーT細胞のマーカーであるCD8陽性細胞の減少に有意な変化があったが、気管支喘息患者には有意ではないものの逆の変化をした。これより、当該療法は本来、免疫促進的に作用するが、自己免疫疾患のひとつで気管支喘息の患者には免疫抑制的に作用する、すなわち免疫調節機能を亢進させることが示唆できた。

②喘息即時型反応初期の気管支攣縮に関与するヒスタミンの値が有意に減少したことから当該療法は気管支攣縮を抑制させることが示唆できた。  以下の現象は、両疾患患者で認められました。

③抗酸化物質である superoxide dismutase(SOD)・カタラーゼの両活性と総グルタチオン量がともに有意に増加し、組織循環や血管に関する疾患の原因となる総コレステロール・過酸化脂質の両量は有意に減少した。これより、当該治療法は抗酸化機能を亢進させ、酸化障害を緩和させることが示唆できた。

④モルヒネ受容体と特異的に結合しモルヒネ様作用を発現する内因性ペプチドであり神経末端から分泌され痛覚の制御に関与するβ-endorphinの値と、抗炎症作用などを示す糖質コルチコイド産生を促すACTHの値がともに有意に増加した。これより、当該療法は疼痛の寛解に関与していることが示唆できた。

⑤毛細血管・細動脈を収縮させ血圧上昇作用を示す vasopression の値が有意に減少し、血管拡張作用を示す心房性Na利尿ポリペプチド(α-ANP)の値が有意に増加した。これより、当該療法は組織循環を促進させることが示唆できた。

⑥上記現象はラドン療法によりいずれの値も健常者の値(正常な状態)に近づくことを意味する。また、治療開始4週間後を中心に認められたが、この所見はラドン療法の臨床効果が3~4週間目で飽和することと一致する(図1)。

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Ⅱラドン効果と温熱効果の比較5)

ラドン温泉には物理効果・科学効果・温熱効果、ラドン(放射能)効果などがあり、特に後2者を比較することは適応症の機構を解明する上で重要です。このため物理効果(浮力や水圧など)と科学効果(化学成分)を一定にし、Ⅰに準じた方法により、健常者の血液成分の変化特性について検討しました。その結果、温熱(48℃、54Bq/m3)効果よりラドン(36℃、2,080Bp/m3)効果の方が、概ね坑酸化機能や免疫機能の亢進、組織循環の促進、疼痛の寛解のいずれも数10%大きいことが示唆できました(図2)。

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(3)ラドン温泉の健康効果とその応用例

Ⅰラドン温泉による癌抑制効果の可能性6)

ラドン泉として有名な三朝温泉の地区住民の癌死蔵率は、全国平均の50%との報告7)があります。関連報告も含め、ラドン含有に伴う効果として癌死亡率の抑制が示唆されています。他方、癌死亡率に有意差が無かったとする疫学調査の結果もあります。このため、ラドン効果と癌死亡率との関係に関する研究に資するため、三朝地区と周辺の対象地区の住民(52~93歳、28名)を対象に採血し、代表的な癌抑制遺伝子であるp53の蛋白量とSOD活性を分析しました。その結果三朝温泉地区が対象地区に比べ、p53の蛋白量は男性では約2倍有意に多く、女性でも多かったが有意差はありませんでした。また、SOD活性は女性では約15%有意に高く、男性でも多かったが有意差はありませんでした。さらに、三朝地区の女性は高齢にも関わらずSOD活性が基準値より高いことがわかりました(図3)。

これより、三朝地区住民は日常的に全国平均の約3倍の屋内濃度(54Bq/m3)に相当するラドン吸入により体内に生じた微量の活性酸素が癌抑制遺伝子の増強と抗酸化機能の亢進を誘導していることが示唆できました。また、p53蛋白量が多いことから癌細胞のアポトーシス(プログラム細胞死)を誘導していることも示唆できました。

Ⅱトロン温泉による高血圧症と糖尿病の症状改善の機構8)

筆者らは、高血圧症患者・糖尿病患者・健常者(対照)に対し、三朝に準じた濃度のトロン(Rn220(エネルギー:6.3MeV、半減期:56秒)温泉室において1日40分の吸入浴を隔日に施した。入浴前(対照)、入浴開始1.2.3週間目の各入浴後に採血しました。
結果は、以下の通りです。トロン吸入により、

①高血圧症患者に対し、Na利尿や血管拡張作用などを介し血圧調節に生理的役割を果たすドーパミン値やα-ANP値が有意に増加した。これより、組織循環を促進させ症状を改善させることが示唆できた。

②糖尿病患者に対し、アセト酢酸と3-ハイドロキシ酪酸が共に有意に減少した。これより、脂肪酸やアミノ酸の不完全分解産物であるケトン体の両者が減少したことは体内インスリン作用不足が緩和することがわかった。他の所見も含め、糖尿病の症状改善が示唆できた。

③両患者に対し、カタラーゼ活性が有意に増加したことなどから抗酸化機能を亢進させ酸化傷害を緩和させることも示唆できた。

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