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みんかつ2006より

放射能泉Ⅳ 鎮痛効果が強く、長く続く

阿岸祐幸 北海道大学名誉教授、医学博士

ガスタイン坑道療法(ラドン吸入+温熱療法)

天然ラドンガス吸入療法

ラドンガス(ラジウムエマナシオン)が地中の空洞やトンネルに蓄えられ、ラドンガス浴の治療ができるところがあります。たとえば、オーストリアのバード・ガスタインBad Gasteinのハイルストーレン(Heilstollen治療用坑道)、ドイツの放射能泉保養地であるバード・クロイツナッハBad Kreuznachは、天然ラドンガスの吸入療法で知られています。患者は1時間ベッドの上に静かに横たわり、ラドンガス浴とラドン吸入を行います(写真1)。

バード・ガスタインのラドンガス坑道療法

バード・ガスタインはイタリア国境に近く、3000m級のアルプスの山々に囲まれたガスタイン峡谷 Gasteintalにあります。標高1200mのところにあるベックスタインB a d G a s t e i n―Böckstein地区の南端にある治療用坑道は、大変ユニークなラドンガス吸入療法で有名です。日本人も多く訪れ、本誌でも飯島裕一氏の詳細な紹介があります(第186号、P50)。かつては金を採取していたのですが、今は廃坑です。

昔、ここで仕事をしていた作業員が、重労働のあとでも疲労回復が早く、病気になりにくかったという話が伝わっています。その原因がラドンガスだということがわかり、現在のような特異な坑道療法に発展しました。 ラドン吸入療法は次のように行われます。患者は坑道の入り口にある病院で診察を受けたあと、電車で約2000mの坑道を通って治療室に運ばれます(写真2)。電車は1日に2回、一度に100人ほどが乗れ、1日に2回走っています。中には、はじめから横たわることのできる電車もあります。治療室は坑道を横に広げて作られ、5室あります(写真3)。治療室のラドン濃度は約160kBq/m3で、温度が38~41・5℃、湿度が70~100%。それぞれ治療室によって温度・湿度の条件が異なりますが、ガスタインのラドン吸入坑道療法は、高温・高湿の環境条件下で行われる刺激性の比較的強い療法です。患者は治療室に入る前に、ラドンガスが全身の皮膚表面から吸収されやすくなるように裸になります。ラドンは吸入と皮膚を通じて、体内に入ることになるわけです。患者は1時間ベッドの上に横になって滞在します。この間、医師と看護士が2回各患者を診てまわります。

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写真1 ガスタイン・ラドン吸入坑道療法の治療室

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中 ガスタイン・ラドン坑道療法治療室への移動用電車
下 ガスタイン・ラドン坑道療法の治療室配置。右下すみに病院兼坑道入口があり、電車で約2km離れた治療室まで行く。5つの治療室がある(○の部分)。

高温・高湿度の環境下で1時間滞在すると、中核体温(直腸温での測定)は約1℃上昇します。発汗による体重減少量は、男性で約1・2kg、女性で約1・6kgです。一般に3週間滞在し、原則として隔日に坑道療法を受けるので、計10~15回、延べ10~15時間ラドンに曝されることになります。医療スタッフはエアコンディションのよく効いた診療室に詰めていて、救急治療のために待機し、カルテの記入などをします。ガスタインのラドン坑道療法は、付属の病院にかかりながら受けることができます。主な適応症は強直性脊せき椎つい炎えんで、年間約3000人の患者が訪れます。病院で普通の形式のリハビリテーションを行った群と比べて、ガスタインでラドン坑道療法をリハビリに加えた群の方が、ADL(日常生活の基本動作)の改善が明らかにみられました(表1)。

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長期ラドン吸入坑道療法の効果

バード・ガスタインの坑道療法は、ラドンガス吸入と温熱療法が同時に行われる療法といえます。リウマチ疾患や強直性脊椎炎では、鎮痛効果は3~5週間の療法後、数カ月続くことが検証されています。ある検討例では、52人の強直性脊椎炎の患者がガスタイン坑道療法を少なくとも6回行った結果、関節の痛みが軽減し、可動性が増進するのは、多くの患者で療養が終わってから1~2カ月後に最も良かったといいます(図1)その後の痛みの軽減は、6~9カ月間続くことがVAS(アンケートによる評価法で、可視的アナログスケールを用いる)法や、マクギルMcGill疼痛評価法で示されました(図2)。

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クロイツナッハ式ラドン洞窟療法

ドイツのバード・クロイツナッハでも、ユニークなラドンガス吸入洞窟療法が行われています。洞窟内の空気中のラドン濃度は30~130Bq/m3です。ガスタイン坑道療法と違う点は、クロイツナッハでは温度と湿度がよりマイルドなので、中核体温(からだの芯の温度)は1℃の上昇も見られないことです。そのため、患者はラドンが含まれている治療用洞窟内に着衣のままで入り、治療を受けることができます。クロイツナッハとガスタインでリウマチ患者の効果を比較したところ、ほとんど同じ成果が得られています。

フィンランド式乾式高温サウナ療法との比較

ラドン坑道療法とフィンランド式乾式高温サウナ浴の効果を、無作為比較検討をした成績があります。病院にリハビリテーションのために3週間入院した強直性脊椎炎の患者のうち、計10時間、ラドン坑道療法を加えた群と、同様にフィンランド式乾式高温サウナ浴を行った群を比較しました。その結果、ラドン療法を加えた群の方が有意に痛みが軽減し、薬の使用が少なくなり、療法後の痛みの少ない時期が明らかに長く持続しました。

放射能泉の飲用の効果

ラドン温泉水の飲泉療法は、ヨーロッパではかつて盛んに行われた時代もありましたが、もはや温泉保養地療法としては処方されていません。しかも、飲泉による効果や適応症が、その後の検証で効果がないことが確認されたものもあります。その報告は以下の通りです。

①放射能泉は、プリンや尿酸代謝に影響を与えるということで、かつては痛風の温泉Gichtqulleといわれたものです。しかしその後の研究では、痛風患者の尿酸排出の増加や総窒素排出を促進するという効果は、否定されました。
②かつて放射能泉には利尿効果があるので、尿路結石やむくみに良いとされていました。しかし、現在ではこのような効果は証明されないということになっています。
わが国では、まだ多くの温泉効能の解説書に、放射能泉の飲用効果として、利尿や尿酸排出を謳っているものがみられます。しかし、これらの効能については、今後の科学的な再検証が必要でしょう。

天然ラドン温泉と人工ラドン温浴施設

昔から日本人はラドン温泉という言葉に弱く、全国的に至るところで「人工ラドン温泉」の看板が見られます。しかし、これまで何回も繰り返して述べてきましたが、温泉とは天然に地中から湧出した泉水のことですから、人工のラドン温泉は、厳密には存在しません。しいていうならば、人工的にラドンガスを発生させて温水中に混ぜて入浴させる「人工ラドン温浴施設」でしょう。これらの施設は、浴室をできるだけ密閉して浴室内のラドンを含む空気を逃がさないようにし、そのラドンガスを吸入させるように工夫されているものがほとんどのようです。

 

そこで問題になるのが、天然のラドン温泉に見られるラドンガスと、人工的に発生させるラドンガスの違いです。人工的にラドンを発生させるのに使用する鉱石などの中には、「モナザイト鉱石」という放射能を放出する鉱石を使用しているものがあります。モナザイト鉱石から放出されるラドンガスは、ラドン220番といわれるものです。このラドン220番の半減期(放射能が半分になる時間)は55秒で、10分間もすると最初の値の数百分の1になってしまいます。ラドンガスが吸入や皮膚を通じて体内に入り、血液に溶け込んで細胞までに達する時間は、約10分かかります。したがって人工のラドン220番は、10分間でほとんど消失してしまうといえます。一方、天然の放射能泉に含まれるラドンガスは、ラドン222番というもので、半減期は3・81日です。すなわち、体内に入ってかた3・81日かかって放射能が半分になるのです。バード・ガスタインの坑道に含まれるラドンガスは、ラドン222番そのものです。このように、天然ラドンガスと人工的にモナザイト鉱石から発生させたラドンガスでは、性質や作用時間が全く異なるものといえるでしょう。

人工ラドン温泉入浴はからだへの影響が強い

それでも人工ラドン温泉に入ると、普通のお風呂に入るよりも汗がたくさん出るし、効果があると主張するのを聞いたことがあります。一般的に人工ラドン温泉では、浴室からラドンガスが逃げ出さないように密閉していて、あたかも蒸気サウナのように室内湿度が高くなっています。かつてわれわれはこの湿度に注目し、浴室内空気の条件を、換気の良い、相対湿度30%以下の場合と湿度95%以上の場合とで、心機能への影響を比較してみたことがあります。水温40℃でのさら湯での入浴を10分間行い、その間の発汗量、心拍数、血圧などを測定しました。その結果、湿度95%以上の高湿度の方が数値は大きく、強い影響を受けていることがわかりました(図3)。このことは、浴水中のある物質(たとえば、ラドン、温泉成分)による影響よりも、浴室内の湿度の方が大きな作用因子であると結論しました。したがって人工ラドン温泉では、ラドン効果よりも湿度の高さが、発汗量、心拍数、血圧を高める要因と考えられ、交感神経が強く刺激されるなど、からだにとってあまりよくないといえます。

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図3 異なる浴室条件で全身浴(浴水温40℃、10分間)したときの心循環機能(阿岸)

バード・ガスタインのファルケンバッハ教授

ガスタインのラドン坑道療法を体験・見学に行く日本人は多いのですが、数年前までここでメディカルディレクターM e d i c a lDirectorを務めていた、ファルケンバッハ教授Prof. Falkenbachのお世話になった方も多いと思います。彼がフランクフルトFrankfurt大学でリハビリ・温泉医学教室の助教授をしていた頃、当時マルバーグMarburg大学で学んでいた私は、両大学の温泉医学関係者が共通のセミナーを定期的に開いていたときに知り合いました。いろいろ議論をしているうちに、私の研究室で勉強したいと、家族ともども北海道・登別の北海道大学温泉治療研究施設(当時)にやってきました。少し長く滞在したいとの希望でしたが、滞在中に夫人が妊娠し、残念ながら大事をとって数カ月で帰国しました。彼は精力的に仕事をし、北海道はじめ全国の温泉地を訪れ、ヨーロッパとは全く異質のわが国のユニークな温泉利用法に興味を抱きました。私は彼の滞在中に、日本温泉科学会、日本臨床環境医学会などで、気候医学領域をテーマに発表してもらったりしました。後年、富山で鏡森教授が会長として主催した日本体力医学会で、ヨーロッパの気候療法について招待特別講演も行っています。ファルケンバッハ教授は、ドイツに帰ってからはオーストリアのバード・ガスタインのハイルストーレンでメディカルディレクターとなり、現在はオーストリア第2の温泉保養地であるバード・イッシュルBad Ischlでメディカルディレクターを務めていますが、ラドン療法の分野でもヨーロッパで最も活動的な研究者です。ラドン泉や吸入療法について、私は彼から最新の情報や資料を得てきました。

私は何回かバード・ガスタインに行きましたが、ときには坑道治療室での彼の回診に同行したり、患者と話し合う機会を得ることができ、その有効性への可能性を強く感じました。わが国では、温泉医学は過去の学問であり、科学的な根拠のないものが多いという風潮がありますが、海外では医学的な面での研究が真摯に行われていることに接して、もっともっと謙虚に世界の学者たちとの交流が必要だと感じました。何度も触れますが、わが国にはせっかくの良質なラドン温泉があるのですから、科学的な理に適い、より効率的な利用法の開発にもっと目を向けるべきだと思います。温泉医学の応用面での研究も期待したいものです。(終わり)

出典:みんかつ2006より

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