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村杉温泉に関する論文より

放射能泉について

堀内 公子 (大妻女子大学社会情報学部)

8.放射能泉の利用法

温泉の利用法としては外国では主として入浴、飲用、吸入の三通りに利用しているが、わが国では吸入はほとんど行われていない。しかしガス体のラドンは、湯の中に溶けているより空気中に逃げ出す分が多く、入浴の際ラドンは皮膚からだけでなく呼吸器からも吸入される。ラドンは吸入時には肺から吸収されて血液循環に入り、全身に拡がるかたちで体内に入ってくる。従って全身に対する利用は、消化管から摂取される飲用より効率が良い。ラドンは不活性ガスであるため他の放射性物質のように、体内の組織と結合して沈着することはない。また、ラドンは脂肪に非常に溶け易く、食物と一緒にラドン温泉を飲用すると、油脂の中に溶けながらゆっくりと吸収される。

体内に入ったラドンの一部は崩壊し、次々と半減期の短い別の核種に変化して体内に残る。ラドンの崩壊生成物はその濃度と体内にある時間に比例して多くなるが、やがてラドンの崩壊生成物に固有の生物学的半減期によって排泄される。ラドンの生物学的半減期は約40分程で、呼吸によって180分後にはほとんど排出されるとの報告がある。図6にラドン排出の状況を示した。 ドイツやイタリアなど欧州諸国は、日本と違って湯船に浸る入浴の習慣を持たない人々が多いことから飲用が盛んである。「飲泉カップ」に飲泉所の新鮮な温泉を汲んで、保養公園(クーアパーク)を散策しながら温泉医に処方された量の温泉水を少しずつゆっくり服用するのが一般的飲用方法と言われる。「飲泉カップ」も散策しやすいように手のついた、洒落た陶磁器製の物等が利用されている。

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9.温泉利用の安全性と有効性

古来、放射能泉はリューマチのリハビリや鎮痛作用等の医療効果が認められ、温泉治療に利用されて来た。数多ある泉質の中で放射能泉は湯あたりを起こし易い、つまり刺激効果のある泉質である。これは一つの特徴でもあり、同時に「使い方に注意せよ」ということを示している。医療効果を求めるにはある程度の強さ(濃度)が必要とされる。放射能泉にも種々の強さがあり、どの位の濃度の温泉をどの様な形で使ったらよいか検討されなければならない。外国では入浴療法に用いるラドン濃度は通常700Bq/l以上、一般には1,300Bq/l以上が使用されている。温泉療法は一廻り、平均15~20回で終了し、繰り返す必要がある時には半年~一年経ってから次のクールを行うのがよいとされている。

人間の身体は、いいろな外からの刺激浸襲に対抗するだけの力をもっている。自分の病気に対抗する力、自然治癒力とか、防衛力、抵抗力等を利用して病気を治すのが温泉療法の基本である。

10.人工ラドン泉

日本でも最近人工ラドン泉の施設が造られている。これは主としてウラン、あるいはトリウム鉱石を浴槽中に入れ。その中に含まれているラジウムから生成するラドンやトロンを湯の中に溶かし込んで利用する施設である。しかし、通常その大衆性と安全性のために現時点ではラドン濃度は1~2Bq程度に低く抑えられている。放射能泉の医療効果や適応症はラドンと他の溶存化学成分との相乗効果によるため、人工ラドン泉でのそれらの解明は今後の課題である。

人工ラドン泉はロシアで最も大規模に利用されており、入浴、飲用、吸入の三種類がバラエティーに富んだシステムで活用されている。ロシアの人工ラドン泉は天然温泉に人工的に得られたラドンガスを添加したり、ラドン温泉にCO2、H2S、O2などを加えて医療用に供している。国家が組織的に人々の健康維持と病気の治療に天然放射能泉と同一のレベルで利用している。

11.おわりに

1935年の「温泉大鑑」に「放射能泉の項にラジウムの放射能が医学上の効果の多いことが判明すると温泉についても放射能が喧しく言われるようになった。温泉中にはラジウムおよびその壊変物の如きガスを含有しているものが多い。一般には放射能鉱物のガス状壊変物たるエマナチオンを含むものが多く、その量の多いものを特に放射能鉱泉(ラジウム鉱泉)と呼んでいる」と記述されている。現在○○ラジウム泉の名称で親しまれている温泉も殆どその主成分はラドンであり、昔から放射能泉の代名詞としてラジウム泉と言う表現が使われて来ているにすぎない。

時には放射能泉の代名詞であるラジウム泉と放射線の結びつかない人や天然のラジウム泉は身体によいが巷で取り沙汰される放射線、あるいは人工の放射線は危険だと信じている人さえ居る。しかし放射線には天然と人工の区別があるわけではなく、同じ核種、同じ濃度であれば同じ作用をする。ラジウムもラドンも量が多くなると危険ではあるが、日本各地の昔ながらの放射能泉で長い間行われ続けて来た湯治やその他の利用がそうした危険を招いたという話は聞いていない。量の問題は未だ研究段階であるが、これからも放射能泉の特徴を十分理解して適切に利用されることが望ましい。

12.参考文献

  • 1)村上悠紀雄:温泉とリゾート開発、FORUM’89、82-93、(1989)
  • 2)木村敏雄、速水格、吉田鎮男:日本の地質、東京大学出版会(1993)
  • 3)金原啓司:日本温泉・鉱泉分布図および一覧、地質調査所(1992)
  • 4)大島良雄:温泉科学、31,64-68、(1981)、世界の温泉、日本温泉科学研究所編,(1981)
  • 5)堀内公子、村上悠紀雄:温泉科学、28、39-52、(1977)、温泉工学会誌、13、95-103、(1978)
  • 6)森永寛:温泉科学、25、45-54、(1974)

出典:村杉温泉に関する論文より

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