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放射能泉の安全に関するガイドブックより

第二章「放射能泉の安全と健康」

山岡 聖典、鈴木 文男、安保 徹

Ⅲラドンミスト発生装置の試作と効果9)

筆者らは、ラドンをコンパクトかつ場所、時間にとらわれず効率的に安全衛生的にミスト状に発生させ、凡用性も高い装置を共同で試作しました。この装置はラドン療法の最適条件を再現するため開発したラドン線源を収納したユニットの数量とユニットへの送風量を可変することにより、ラドンを効率良く発生させ、その発生量も使用目的や症状の程度に応じて調節できます。なお、使用のラドン線源は規制値以下を順守し、装置自体も国の許認可を得ています。

ここで、例えば上記ユニットを用いマウス諸臓器中の抗酸化機能の変化特性を検討しました。400-4000Bq-m3のラドンを吸入させた結果、SODとカタラーゼの両活性が増加し過酸化脂質量が減少しました。この抗酸化機能の亢進により、ラドン吸入は活性酸素障害を抑制する、すなわち、老化や生活習慣病の予防や症状緩和をすることが改めて示唆できました。

3.放射線適応応答(ホルミシス)説

(1)放射線適応応答説の考え方

ラドン温泉は不老長寿の湯とも薬湯とも言われ、古今東西、多くの老若男女が治療や健康増進に利用しています。また、1980年代に入り、T.D.Luckeyらをはじめ、LNT説を基に低線量域での健康影響を議論すると矛盾を生じる研究例が相次いで報告されました10)。疾病・外傷への抵抗力の増加や寿命の延伸などがそれです。今まで考えられてきたLNT説は、図4の直線部分です。すなわち、全ての領域が作用ゼロを示す横軸破線より下側にあります。一方、LNT説と矛盾するという概念は、図4中の曲線で表した部分(放射線適応応答説)です。この曲線のうち横軸より上側の部分は、身体がしきい値以下の低線量放射線を受けると適応応答に伴う有益な効果を得ることを意味しています。例として挙げた疾病、外傷への抵抗力の増加などには、ここに入ります。

この有益な効果を放射線ホルミシス効果と呼ぶことがあります。このホルミシス(hormesis)という言葉はギリシャ語のホルモ(刺激する)に由来します。放射線ホルミシスという言葉は比較的新しいですが、ホルミシスの概念そのものは古く、薬理学の分野で観察された少量の毒には刺激作用がある(Arndt Schultz 法則)現象を表しています。すなわち、多量の場合では有害となる作用源でも少量では身体に有益な刺激効果を与えるという意味です。身近な例として太陽紫外線や化学物質など数多く挙げられています。例えば、適量の日光浴により体内でのビタミンD生成が促進されます。また食塩や酒の摂取量と健康との関係にも似ています(図5)。

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(2)放射線適応応答説に関する研究動向

筆者らは、この有益とも考えられる低線量放射線の健康効果について、現象の確認と機構の解明を、また、医療や健康増進への応用の可能性について研究を進めています11)。すなわち、有益効果として、例えば、生活習慣病(約90%が活性酸素由来の疾患との報告)や老化の予防や症状緩和の可能性を明らかにしつつあります。具体的には、加齢に伴う脳の生理学的変化や膵臓障害(糖尿病)・肝障害(脂肪肝)・腎障害・疼痛・虚血-再灌流障害・浮腫などに対する抑制作用を示唆しています。また、機構として、例えば、抗酸化物質による活性酸素の除去、正確なDNA修復、アポトーシスによる変異細胞の除去、免疫系による癌細胞の除去などそれぞれの活性化の可能性を解明しつつあります(図6)。

さらに、低放射能の医療や健康増進への応用の可能性として、臨床実験により例えばラドン療法(温泉)効果に着目し、適応症の機構を脈管作動物質や鎮痛関連物質なども指標に加え解明しつつあります。この他にも、放射線適応応答効果に関する電力中央研究所のプロジェクト研究の成果例など数多く報告されています(表2)。

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(3)LNT説で解決すべき課題

放射線防護の考えとして低線量域での健康リスクが未解明故に一括して安全側のLNT説を採用すべきとICRP(国際放射線防護委員会)は勧告し、我が国はこれに従い放射線障害防止法などを制定しています。このLNT説で解決すべき課題は特に次の未解明事項であり、多くの研究者が指摘しています。まず、前述の発癌に至る多くの段階での抑制機構(抗酸化機能・損傷修復機能・アポトーシス・免疫機能)なの活性化です(図6)。また、同じ被爆線量でも、線量率が低いほど、すなわち、低線量率(6mGy/時間未満(UNSCEAR))の長期照射、高線量率の反復照射、急照射の順に健康障害が少ないことです(図7)。

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同様に、分子・細胞・組織・個体のレベルや性・年齢・人種・個人の差などに伴う感受性の違いや、喫煙・飲酒・運動などの生活習慣の違いによっても、それぞれ放射線による健康リスクの程度は異なります。これに対し、これを一般化し安全側でリスク管理するのが放射線防護であり、これを個別化し特に低線量・低線量率放射線のより合理性の高い利活用を検討するのが放射線健康科学です。筆者らは、これらの観点からも検討しています12)。さらに、低線量放射線の健康影響を検証するためには、喫煙・飲酒などの他の生活環境ストレス因子とのリスクの比較や、医療・原子力分野などでの放射線自身のリスクと利益の比較などを定量的に評価することも重要です。

他方、ICRPの2007年勧告は発表されましたが、議論は未だ続いています。放射線の健康科学と防護の接点が認められていることの現れと言えます。今後は、規制者・事業者・一般公衆などの各々の立場から納得できる、より合理的な枠組みと体制を構築していくべきと考えます。

4.低線量放射線の健康利用の安全性と今後の展望

(1)放射能泉関連の健康用製品の安全性に関する一つの考え方

放射能泉関連の健康用製品としては、温泉浴素・湯の花・健康器具・寝具・衣類などがあります。これらの安全性を考える上で、NORM(自然起源放射性物質)を含む一般消費材に関する次の動向に着目することは有益です。ここで、NORMとは、自然に存在する放射性核種を含み、それ以外の放射性核種について有意な量を含まない物質のことです。このNORMについて、文部科学省は、「ウラン又はトリウムを含む原材料、製品等の安全性確保に関するガイドライン」を2009年に発表しています13)。本ガイドラインは、ウラン・トリウムなどの自然起源の放射性物質を比較的多く含む鉱石等が産業用の原材料として大量に広く利用され、これらの原材料から製造された製品が幅広い分野で一般消費材として多くの人に利用されている現状を踏まえ、法令により管理されている放射線業務従事者以外の者が被爆するリスクを低減化することを目的として定められています。放射線審議会基本部会いよると、NORMを含む一般消費材に対する法令による規制と対応の方法として、免除レベルは基本的にはBSS(国際基本安全基準)レベルを適用し、線量の目安・基準は10μSv/年とされています。また、型式承認に相当する制度も検討され、同様に1mSv/年となっています。

他方、ウラン・トリウムを含む自然放射性物質は、我が国では核原料物質として原子炉等規制法による規制を受けることになっています。具体的には、ウランまたはトリウムの放射濃度、数量が次の値を共に超える場合を指します。すなわち、放射濃度は74Bq/g(個体状は370Bq/g)であり、数量はウラン量×3+トリウム量=900gです。NORMに関する規制や被爆管理については未だ明確な方針が確立されていない現状にあります。ただ、公衆の健康増進を追及する上で、本ガイドラインの実効性も含め、今後も注目すべき放射線防護の面での課題であると考えます。一方、ラドン自体よりラドンの子孫核種が気管支組織などに沈着し被爆することに伴う肺癌などの健康影響について欧米を中心に心配する現状があり、この観点からのリスク研究の成果にも注意が必要です。ただ、これに該当する事例は、少なくとも我が国においては皆無に近く、また喫煙などの生活習慣による健康影響との比較研究も重要と考えられています。

(2)本研究の必要性と今後の展望

前述の通り、筆者らは、ラドンの健康効果解明などについて本格的な研究を進めています(図8)。また、今日、ラドン療法を含め健康長寿を目指した有効利用が国際的に注目されており、そのリスクも考慮しつつ最新の理論と分析技術を用いて現象確認と機構解明を行うことが急務となっています。

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このため、例えば、以下を実施することにより、ラドン療法の有用性について理論的基盤を与えます。また、広義に低線量放射線による癌を含む生活習慣病の予防や治療の可能性の有無やその機構がより明確になります。また、健康長寿科学の一端を担うことにもなります。

①今までのラドン療法の臨床研究の成果などを踏まえ、新たな指標や対象レベルを加えるとともに、他の適応症の症状改善の機構についても検討を行う。これにより、臨床医学からの総合的な現象確認と機構解明の拡充を図る。

②日本原子力研究開発機構との共同研究の一環として、本学三朝医療センターに隣接して設置された三朝ラドン効果研究施設において、ラドン濃度の調節による長期間の動物試験が可能となるラドン吸入試験設備を用いる。これにより、適応症の詳細な機構や最適なラドン吸入条件などを解明する。

③ラドン療法用鉱石の放射能特性や吸入ラドンの臓器別の体内分布を明らかにするとともに、放射線感受性などを踏まえ適応症の新規探索を実施する。併せて、小動物への高濃度ラドン吸入によるリスクの評価など、基礎医学からも拡充を図る。

現在、これらの研究は順調に推進され得られた成果は公表されています。また、より有効な実施のため内外の関連研究機関との共同研究や情報交換を推進することが益々求められており、例えばバドガスタインでの医療情報が適宜収集されています。

結言

高齢化社会の到来とともに健康長寿社会の実現が期待されています。低線量放射線が県健康増進を目的とした適度な運動などと類似した少量酸化ストレスを示すことから、ラドン療法などで解明されつつあるこの効果を生活習慣病の予防や治療へ応用できるか否かなどについて、リスクも含め研究を発展させていくこと(社会還元)が筆者らの今後の課題と考えています。低線量放射線の健康への有益効果と医療への応用の可能性について、科学的に実証されつつあると考えます。ただし、研究段階にある現状では、放射線防護の観点において、ICRP勧告の考えは順守すべきです。今後、当該研究の更なる深化を通じて、広く社会の理解を得つつ、より合理的な放射線防護体系の構築や、医療・健康増進への応用の可能性などについて検討していくことは、人類誕生から放射線と共存する我々の宿命と言えるでしょう。

方、筆者らの研究が低炭素社会実現のために解決すべき原子力施設由来の低線量放射線の健康影響の研究にも貢献しているものと考えます。例えば、今回の東電福島第一原発事故における、過度の不安による精神的・肉体的な健康被害や、科学的根拠に乏しい風評による物的(経済の委縮など)・人的被害に対し、具体的にはチェルノブイリ原発事故などの過去の教訓を科学的・建設的に活かすことなどにより、少しでも軽減に寄与(安全・安心を形に)できれば幸甚です。本稿の参考として、総説14)-24)などがあります。参照いただければ幸いです。

引用文献

  • 1)T.Hopke,Radon and its decayproducts occurrence, American Chem Soc,1984
  • 2)P.Deetjen,Radon in der kurmedizin pp.32-38,I.S.M.H.,Verlag Geretsri-ed,1997
  • 3)K,Yamaoka,F.Mitsunobu,et al.,J Pain5:20-25,2004
  • 4)F.Mitunobu,K.Yamaoka,et al.,J RadiatRes44:95-99,2003
  • 5)K.Yamaoka、F.Mitsunobu,et al.,JRadiat Res45:83-88,2004
  • 6) K.Yamaoka、F.Mitsunobu,et al.,JRadiat Res46:21-24,2005
  • 7)M.Mifune,T.Sobue,et al.Jpn J CancerRes83:1-5,1992
  • 8)T.Katoka、K.Yamaoka,et al.,PhysiolChem Phys38:85-92,2006
  • 9)中川慎也,山岡聖典,他,Radioisotopes57:241-251,2008
  • 10)例えば,T.D.Luckey,Review,HealthPhuysics43:771-789,1982
  • 11)例えば,K.Yamaoka,Review,JClinBiochem Nutr39:114-133,2006
  • 12)例えば,酒井一夫他,電中研レビュー53:47-50,2006
  • 13)文部科学省,ウラン又はトリウムを含む原材料,製品等の安全確保に関するガイドライン,2009
  • 14)山岡聖典、総説、環境変異原研究16:333-344,1995
  • 15)山岡聖典、総説、放医研シンポジウムシリーズ27:97-112,1996
  • 16) 山岡聖典、総説、フリーラジカルの臨床11:31-37,1997
  • 17)小島周二、山岡聖典、総説、衛星化学45:133-143,1999
  • 18)山岡聖典、小島周二、総説、現代化学346:24-30,2000
  • 19)山岡聖典、展望、Isotope News588:2-8,2003
  • 20)山岡聖典、解説、Radiology Frontier7:265-269,2004
  • 21)山岡聖典、解説、電気評論503:51-55,2006
  • 22)山岡聖典、特集、原子力eye54(9):5-9,2008
  • 23)山岡聖典、総説、日本臨床矯正歯科医会雑誌21:14-19,2009
  • 24)山岡聖典、特集、学術の動向16(11):75-79,2011

プロフィール

山岡聖典、岡山大学大学教授
1982年、電力中央研究所入所。その後、理化学研究所研究嘱託・東京大学客員研究員などを兼務。1999年、同所上席研究員などを経て、岡山大学医学部(その後、大学院化)へ。教授、医学博士(岡山大学)・理学博士(早稲田大学)。日本酸化ストレス学会評議員・日本ラドン研究推進協会副理事長など。東京工業大学非常勤講師・金沢大学招聘講師を兼務。専門は、放射線健康科学・生体応答解析学・健康長寿科学。日本過酸化脂質・フリーラジカル学会学会賞などを受賞。

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