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放射能泉の安全に関するガイドブックより

第一章「日本の温泉の現状」

森 繁哉、堀内 公子、前田 勇、山村 順次、猪熊 茂子、早坂 信哉、後藤 康彰

放射能泉の科学
堀内 公子(慈恵会医科大学訪問研究員)

地球は宇宙の宇宙の塵の多種類の核反応により46億年前に誕生しました。そのため地殻には多くの放射性元素が存在しています。環太平洋造山帯では古い地質時代から繰り返し造山作用がおこり、それに伴って生じた断層や大きな地質構造線にそって火山が噴出し、火山帯をつくっています。わが国はそうした火山帯の中にあって、温泉の多い国として知られており、温泉こそわが国が世界に誇れる唯一の天然資源とも言えるでしょう。

(1)温泉の熱源としての放射能

地球内部は高温を示し、地表へ向かって熱の流れがあります。その熱源の主なものの一つに岩石中に含まれるウラン(238U、235U)、トリウム(232Th)、カリウム(40K)等の長寿命放射性各種の原子核崩壊に伴って発生するエネルギーがあります。地球内部からの熱の流出は①火山活動、②温泉・地熱、③地震波動、④地下から地表を通って上昇する熱(地殻熱流量)等によっています。従って温泉の熱源の一部は地球の創成期から地殻に含まれる天然放射性元素に由来しているのです。地球誕生以来地球内部で岩石の中に貯えられた放射性元素の崩壊熱エネルギーはかなりの量になると見積もられています。地球表層部におけるウラン、トリウムの存在量を表1に示しました。

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(2)天然放射能

天然の放射性元素のうち放射能泉に関係があるウラン、トリウムはそれぞれ系列を作っており、α線とβ線を何回も出して壊変し、最後は安定な鉛の同位体(周期表の位置が同じ)になります。温泉水中の放射性成分:ラジウム(226Ra)、ラドン(222Rn)、トロン(220Rn)は、それぞれウラン系列のとトリウム系列に属しています。このうちトロンは正式名称ではなくトリウム系列のラドンでウラン系列のラドンより質量数が2少ない(原子核の中性子が2個少ない)同位体です。ラドンとトロンは共に放射性希ガスで科学的性質は同じですが、両者の半減期(量が1/2になるまでの時間)はそれぞれ3.825日と55.4秒と異なっています。

1.ラジウムとラドン

ラジウムとラドンは親娘(ラドンが次の核種を生み出すことから娘)関係にあります。ラジウムはカルシウムやマグネシウムの同族元素で化学的挙動が類似していて、多くの温泉中に含まれていますが、その量は極々微量にすぎません。

ラジウムの半減期は1622年と長いので、娘(改変生成物)のラドンは、温泉水中にラジウムがあると半永久的にラドンを生産していると見做すことが出来ます。しかし自然界は殆ど常にラドン>ラジウムの状態にあります。その主な原因は両者の科学的な挙動の違いにあり、錯イオンを作って溶け出しやすい親ウランと異なりラジウムは岩石中に留まる傾向にあります。一方娘のラドンはラジウムのα崩壊で生成されますが、岩石の表面に存在するラジウムからのみ結晶外へ飛び出します。よって、風化して粒度の小さくなった岩石ほどラドンが出易くなります。外へ出たラドンの飛程は短く、拡散によっても遠くまで移動できません。しかし、土壌の間隙に水や二酸化炭素(CO2)が存在するとそれらの流れに乗って大きく移動し、地表へと出てきます。温泉が断層や亀裂と関係が深いことはよく知られていますが、ラドンも同様です。従ってラドンのみで温泉になるものは多く存在します。しかし、ラジウムのみでの鉱泉基準を超えるものの報告例は全源泉の約1%程度に過ぎません。例としては有馬唐櫃かた越、有馬新温泉など有馬温泉の報告に多くありますが、有馬唐櫃かた越は現在では消滅してしまっています。

2.トリウムとトロン

地球表層部にはウランよりも多くトリウムが存在(表1)していますが、トリウムはウランと異なり水溶性の化合物を作り難く岩石内に溜まったまま崩壊が進みます。またトロンは半減期が短いためラドンのように長距離移動することが出来ず、常に親のラジウム(224Ra)と行動を共にしなければなりません。そのため温泉水中のトロン量は小さく、天然のトロン泉は少なくなります。

(3)わが国の放射能泉

温泉法の定義による「放射能泉」は療養泉を意味しますが、ここでは放射能による温泉の全てを放射能泉として扱いました。わが国には沢山の種類の温泉が湧出しますが放射能泉もその一つで、天然に存在する放射性成分が多く含まれていることによって温泉と認められたものです。わが国の温・鉱泉の泉質頻度分布図を描くと、食塩泉が27%で最も多く、単純温泉が25.8%でそれに続き、放射能泉は全温泉の7.7%で5番目に多い泉質です。

1.放射能泉の定義

1978年に改定された鉱泉分析法指針によれば、放射能による鉱泉の定義は
①ラドン(Rn)20X10-10Ci以上
常水との区別
鉱泉と認める濃度
(5.5マッヘ単位以上) (1)
②ラジウム塩(Raとして)1X10-8mg以上
③ラドン(Rn)30X10-10Ci以上
特殊成分を含む療養泉(放射能泉)
(8.25マッヘ単位以上) (2)
で示されます。

2.温泉の放射能(ラドン濃度)量表示単位

①マッヘ「Mache:ME」
マッヘにより「水1L中に含まれるラドンによる飽和電流が10-3e.s.uであるとき、これを1マッヘとする」と定められました。
②キュリー「Durie:Ci」
1キュリーは毎秒3.700x1010壊変する放射性物質の量を示します。ラジウムの発見者であり「放射能:radioactivity」という言葉を作ったキュリー夫妻に因んだCGS系単位。
③ベクレル「Becquerel:Bq」
放射性物質(核種)が単位時間に崩壊する量を示す物理量で、1ベクレルは原子核が1秒間に1壊変することを意味します。ウランの放射能を発見したベクレルに因んだ国際単位系の単位。

わが国では温・鉱泉の分野で当初マッヘ単位が用いられ、1950年代になってキュリー単位が導入されました。しかし1977年国際放射線防護委員会(ICRP)による放射能の概念と定義に関する大幅な改定(ICRP Pub.26)に対応し、わが国でも計量法に放射線関係の単位が制定され、放射能濃度の表示単位として国際単位系のベクレル(Bq)が採用されました。温泉分野で用いられているマッヘ、キュリーもいずれベクレルへと移行されるでしょう。(1Bq=27pCi =0074ME)放射能による鉱泉・療養泉の定義をベクレル表示に換算すると、それぞれ74Bq/L、111Bq/Lとなります。

3.放射能泉の分布とその特徴

放射能泉は花崗岩地に湧出していることが知られています。全国の放射能泉数を都道府県別に集計した放射能泉の分布図と花崗岩の分布図を並べてみると(図1)わが国の放射能泉は特徴的に西日本に多く分布し、花崗岩分布地帯と一致している様子が見られます。放射能泉の特徴を統計的に調べた結果、わが国の放射能泉は他の泉質の温泉に比べて湧出量は1/2~1/3と少なく、中性から弱いアルカリ性を示し、ラドン以外ほとんど他の溶存化学成分を含まない、単純冷鉱泉が主体であることがわかりました。

(4)放射能泉の成因

放射能泉は他の泉質の温泉のように元素の存在量ではなく核種の放射線量により定められています。ラジウムの場合は1億分の1mgという僅かな量にすぎません。よって温泉水が湧出してくる過程で、ウランやトリウムの多い岩石を通過する際に、壊変途中のラジウムやラドンを溶かし込んでくればよいことになります。 地殻物質では広義の花崗岩類が特に重要な放射線源であると見られていますが、実際には花崗岩の種類によって放射線量は大きく異なっていて、花崗岩の起源物質に依存しています。

花崗岩質マグマの起源物質は、初生の玄武岩・斑れい岩から古期花崗岩・変成岩類まで変化に富んでいます。例えは東日本における北上山地の花崗岩類は、海洋底地殻の溶融アダカイト(SiO2、Al2O3が多い)を含み苦鉄質岩が溶融したものと考えられており、北上山地の花崗岩類2の平均的な性質を持つ遠野地域(630km)のウラン、トリウム含有量は極めて低いものに属しています。東日本にはこれよりさらに低レベルの花崗岩体が、神奈川県の丹沢や甲府などに存在します。一方、西日本側の岐阜県土岐 - 苗木地方や広島地方に露出する山陽帯の花崗岩類マグマの起源は大陸地殻内の堆積岩や古期花崗岩類と考えられています。このように対称的に異なる起源を持つ花崗岩類は平均値として表2、図2に示した様なウラン、トリウム含有量を持つと報告されています。

花崗岩の岩盤に断層などの割れ目が沢山出来たり、風化が進んで岩石が脆くなっていたりすると、そこを通過してくる地下水が岩石と接触する表面積が増えて、放射性元素を溶かし込む率が高くなるので、地下水が放射能泉へと変化します。わが国の放射能泉は火山性、非火山性温泉といった造山活動に由来する温泉ではありません。温泉水中のラドンは湧出母岩である花崗岩類に由来します。そのため、わが国の放射能泉は放射性元素に富み、特に風化の進んでいる西日本の花崗岩地帯に多く存在します。ラドン濃度は花崗岩の種類風化の度合いによって異なり、放射能泉の主体が冷鉱泉であるのは、湧出母岩がすでに花崗岩形成期の温度を失っているためと考えられます。湧出母岩との接触時間(滞留時間)が長くなるにつれて水のpHは高くなり、温泉はアルカリ性を呈しはじめ、ラドン濃度も高くなります。放射能泉やラドン濃度の高い地下水は岩石と長期の接触を経た水温の低い停滞水・深層水に多いとも言われています。わが国の放射能泉はこうしたいわゆる地下水型の温泉が多いと言えるでしょう。

放射能泉にはもう一つ別な成因があります。有馬や増富などの塩濃度の高い温泉(有馬型温泉)にはラドンのほかにラジウムやトリウムもたくさん含まれていて、非常に高濃度の放射能泉になっています。ラジウムの起源は地下深部の変成岩と考えられますが、明確ではありません。有馬型温泉は炭酸化カルシウム(CaCO3)に飽和していることが多く、ラジウムは同族元素カルシウムと共に炭酸塩として岩石や沈殿物に容易に固定されます。その際過飽和の溶存塩類が温泉水に含まれています。

高塩類・強酸性泉の玉川温泉・湯川で生成する放射性鉱物北投石は、バリウムと鉛の硫酸塩鉱物で、バリウムの一部が同族元素ラジウムで置換された含鉛重晶石です。北投石には湯川の1000倍以上のラジウムが濃縮されています。北投石は、世界で台湾の北投温泉と玉川温泉でのみ生成する温泉生成鉱物で、1952年に特別天然記念物に指定されています。

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図2 花崗岩マグマ起源の相違に基づく放射性元素
遠野岩体は金谷(1974)、土岐、苗木岩体はIshihara and Murakami(2006)ほかによる

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(5)放射能泉の利用の際の被爆線量

ラドンの出すα線は陽子2個と中性子2個からなるヘリウムの原子核と同じ構造の粒子です。α泉は衝突した相手を電離する能力が高く、空気中で自分の持つエネルギーを急速に失い数センチメートルしか進めません。また物質を通り抜ける力は弱く紙一枚でも止めることができます。従って入浴の際もラドンは皮膚の表面で止まってしまうと考えられます。その際放出されるエネルギーと皮膚との間の作用のメカニズムは未だ明確にされていませんが、α線による刺激効果等と説明されています。しかし体内にα線を放出する核種を摂取した場合、α線の全エネルギーをその物質が沈着した組織の細胞が集中して受けるため、人体が受ける影響は大きくなります。

放射能泉入浴の際の被爆線量は体内被曝を考慮すればよいことになります。放射能泉入浴による被爆線量は、
①浴室内空気中のラドン吸入による被爆線量
②浴槽から空気中へ拡散して来るラドンの吸入による被爆線量
③飲泉を摂取した際の被爆線量
の総和になります。米国学術会議電離放射線の生物学的影響に関する委員会(BEIR)報告及び国連科学委員会(UNSCEAR)報告等で用いられた式により放射能泉入浴の際の被爆線量を試算しました。放射線を人が浴びた場合の影響の程度を示す単位としてシーベルト〔Sv〕が用いられます。
増富、三朝、村杉の各放射能泉浴室内に1時間(内0.5時間は浴槽内)滞在し、コップ1杯(180mL)の飲泉(ラドン水)を摂取したと仮定して計算しました。被爆線量算出に用いた値(表3)は現地調査を行った際の値を便宜上利用していて、各温泉地を代表するものではありません。温泉水は流入口の近くの浴槽から採取し、温度は浴槽の水温です。飲泉は飲泉所流出口(蛇口)から採取しました。

算出した総被爆線量と日常生活の中で受けることの多い医療被曝における実行線量の値を表4に示しました。直接ラドン水を体内に取り込むことから飲泉のラドン濃度が高い増富温泉が特徴的に高い被爆線量を示しました。医療被曝の方の胸部X線撮影は学校や職場で、胃部X線撮影も40歳以上の人が受ける可能性の高い集団検診時等の平均値です。両者を比較してみると強放射能泉に1回入浴し温泉水をコップ1杯飲用した場合は、通常受ける機会の多い胸部X線撮影の1/12以下でした。  放射能泉のラドン濃度は常に変化して居り、測定する時間により、季節により場所により流動的であり、この値を一般化することは出来ません。国連科学委員会の提示した自然放射泉から受ける年間線量の世界平均値も大きな変動幅を持っていることから、試算値には飲泉を含めた場合-90~+250%の変動幅を見込んだ方が良いと言われています。しかし、湯治などで放射能泉に何日か滞在するとき、どの位の被爆線量になるのか、普段の生活にどの位加算されるのかを知りたいときの目安の一つにはなるでしょう。

放射線にはメリットとデメリットがあります。長い地球の歴史の中、今より高い放射線環境中で生命は誕生し進化して来ました。放射線皆無の環境では生命は存続出来ません。私たち人類も同様です。その上少量の放射線にはホルミシス効果というメリットもあります。メリットがデメリットに転じる量の限界値の決定は、現在世界中の関心事であり、研究課題でもあります。医療用放射線の高い被爆線量もメリットが大きいからこそ受け入れられています。温泉には医療・衛星のみならず生活や心を豊かにしてくれる沢山の効果があり、メリットだけと言っても過言ではありません。放射能泉も「放射能」という言葉の存在しないはるか昔の時代から、他の泉質の温泉同様に人々に愛好され利用されてきました。社会的な事象や時代の流れによって言葉の持つ意味合いは変化しますが、放射線、被曝線量といった言葉に惑わされることなく、放射能泉のメリットをずっと享受して行こうではありませんか。

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引用文献

  • 1)1)金原啓司:日本温泉・鉱泉分布図及び一覧、地質調査所(1992)
  • 2)木村敏雄、速見格、吉田鎮男:日本の地質、東京大学出版会(1993)
  • 3)花崗岩からの放射線量、石川舜三(インターネット:花崗岩の項)
  • 4)下 道国、小柳津東他:温泉科学、55、No.4、177-187(2006)
  • 5)UNSCEAR 1982 report,United Nations,New York(1982)
  • 6)Brord on Radiation Effects Research(BEIR;1999):Risk Assessment of Radon in Drinking Water,

プロフィール

堀内公子 慈恵会医科大学訪問研究員
東京都立大学助教授、大妻女子大学教授を経て現在に至る
・第20回環境大臣温泉関係功労者賞受賞(2001)
・日本温泉科学会功労賞受賞(2008)

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